第二章 勘違いの連鎖
第8話 騎士団長と聖女と、面倒な尋問と
リナを治療室のベッドに寝かせ、俺は一人団長室へと向かった。
廊下ですれ違う騎士たちがぎょっとしたように俺を見て、足早に去っていく。
彼らの視線からは以前の侮蔑の色は減り、その代わり理解不能なものを見るかのような畏怖が混じり始めていた。
第四訓練場での一件はすでに、あの場にいた者以外にも広まっているらしい。
「カイエンです」
団長室の扉を軽く叩く。
「入れ」
返事と共に扉を開くと案の定、団長室には先客がいた。
聖女セレスティアその人だ。
重厚な執務机を挟み、団長が猜疑心に満ちた目で俺を睨んでいる。
一方のセレスティアは興味深そうにキラキラとした瞳でこちらを見つめていた。
……胃が痛くなりそうな組み合わせだ。
「さて、カイエン教官」
俺が部屋に入るなり団長が切り出した。
その声には隠しきれない苛立ちが滲んでいる。
「単刀直入に聞く。貴様、あの娘に何をした」
「ですから先ほども申し上げた通りです。自分の殻を破るように指導したまで、と」
「その『指導』の中身を問うているのだ。あの魔力量は異常だ」
団長が眉間に皺を寄せて続ける。
「我が騎士団の歴史広しといえど、新人が一夜にしてあれほどの力を得たなどという例は寡聞にして知らん」
まあそうだろうな。
ゲームの仕様と隠しステータスを利用した、いわばバグ技に近い育成法だ。
この世界の常識で測れるはずもない。
だがそれを正直に話すわけにもいかない。
俺は原作のカイエンならどう応えるかを考え、不遜な笑みを浮かべて答えた。
「俺は彼女が元より持っていた器の、その枷を外してやったに過ぎません。才能の蕾を咲かせるのに一夜もあれば十分でしょう」
「……貴様」
俺の答えに団長の眉間の皺がさらに深くなる。
問答に詰まった団長に代わり、今まで黙って話を聞いていたセレスティアが澄んだ声で口を開いた。
「団長。彼の言っていることはおそらく真実です」
「聖女様……。しかしですな」
「私はこの目で見たのです。あの力の奔流が一点の淀みもなく、あの少女の内側へと収束していく様を。あれは暴走ではありません。完全なる『調和』です」
……調和、ね。
とんでもない勘違いだが、今はありがたく利用させてもらうか。
しかし一体聖女様はいつから俺たちの特訓を見ていたのだろうか。
彼女の言葉が真であるなら、リナが【
「あの瞬間を見ていらっしゃったのですか?」
「はい……偶然ですが」
セレスティアは俺に向き直る。
「慣れない枕だったので早くに目覚めてしまいまして。散歩にでもと廊下をあるいていたら貴方様たちの声が聞こえましたの。それで、失礼とは思いましたがつい小窓から……」
神秘的な紫色の瞳が、俺の魂の奥底まで見透かそうとしているかのように細められる。
「カイエン教官。貴方はどうやって彼女に『制御』を教えたのですか? 力とは得てして与えるよりも抑えることの方が難しい。ましてやあれほどの力を……。神殿の秘術をもってしても数年の修行を要します」
制御か。
確かに【
つまり考え方を変えると、魔力を制御して強化する部位に集中させる技ともいえる。
聖女と呼ばれるほどの彼女には、その魔力の流れが見えていたのだろう。
だからこそ俺がリナに魔力の制御方法を教えたのだと『勘違い』をしてしまった。
とはいえゲームの知識だの何だのと言っても理解されるとは思えない。
俺は内心で必死にこの場をやり過ごすための言葉を探す。
(……相手が理解出来ないことをどう説明すればいいのか……いや、上手く誤魔化して切り抜けるか……そういえば前世でも人の話を聞かない上司相手に何度も口八丁手八丁で煙に巻いて乗り切ったっけか)
そうだ。あのときと同じように煙に巻けば良い。
俺はそう決断すると、ゲームのカイエンらしい不敵な笑みを浮かべてセレスティアの瞳を見返しながら口を開いた。
「力の制御……ですか。それは些か俺と認識が違うようですね、聖女様」
「と、申しますと?」
「力は制御するものではありません。理解し、受け入れ、そして解き放つもの。彼女は己の限界を知りそれを受け入れた。だからこそ力は彼女に応えた。俺はそのための道筋を示したに過ぎません」
我ながら何を言っているんだか。
適当にそれらしい言葉を並べただけだが、セレスティアの瞳は感銘を受けたように大きく見開かれていた。
「理解し、受け入れ、解き放つ……。なんと深遠な……」
彼女が一人で納得してくれている間に、団長が我慢ならないといった様子で机を叩いた。
「戯言はそこまでにしろカイエン! 貴様の指導法がどうであれ、結果として騎士団の秩序を乱したことには変わりない!」
「秩序ですか? それはいったいどんな?」
確かに今朝は予想外に騒動になった。
だが、その程度で秩序を乱したと言われるのは意味がわからない。
(まったく……この団長様も、あのハゲ上司と同じか)
俺は心の中で溜息をつく。
「ええい、言い訳をするな。今回の件、厳重に……」
俺の態度が気に入らなかったのか、さらに激高する団長。
そんな俺と団長の間にスッと入る人影があった。
「お待ちください、団長」
それはこの場に居る三人目、聖女セレスティアである。
彼女は団長の言葉を遮ると、俺の顔を見つめながら誰もが予想しなかったであろう言葉を口にした。
「カイエン教官。どうかこの私にも貴方のご指導を賜れないでしょうか」
しん……と団長室が静まり返る。
大口を開いたまま、団長は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっている。
俺もまた内心では絶叫していた。
(はぁ!? 聖女を俺が指導するだって? 無理に決まってるだろ!)
だが顔には出さない。
俺はあくまで傲岸不遜な鬼教官カイエン・マーシャルだ。
セレスティアは真剣な表情で続ける。
「私には悩みがあります。私の内に宿る聖なる力はあまりに強大で、私の器から溢れてしまうのです。癒しを祈れば力が暴走し、かえって相手を傷つけてしまうことさえある。私は……聖女失格なのです」
彼女の瞳に深い苦悩の色が浮かぶ。
(たしか原作ゲームでの彼女の性能は……初期ステータスで【聖魔力】がカンストしている代わりに【魔力制御】のスキルレベルが1という極端なピーキー仕様だったな。ゲーム序盤ではそのせいで回復魔法【ヒール】が暴発して【ハイパーヒール】になり、回復対象が許容量オーバーでダメージを受ける、なんていう仕様もあったはずだ)
とはいえレベルが上がると同時に魔力制御が伸びるように成長度が設定されていたため、中盤にさしかかる頃には優秀なヒーラーとして大活躍してくれたわけだが。
「ですが貴方なら……。貴方の言う『理解し、受け入れる』指導法ならば、あるいはこの私を……」
やれれやれ。
どうやらとんでもない厄介事を引き寄せてしまったらしい。
「聖女様、なりません! こ、こいつは『
我に返ったのか、団長がわめき立てる。
俺はそんな団長の狼狽を無視し、目の前の聖女をじっと見つめた。
そしてゆっくりと口を開く。
「……貴女の器は確かに溢れている。面白い。その壊れかけの器を俺が修繕するに値するかどうか、少し考える時間をいただきましょう」
俺の言葉にセレスティアの顔がぱっと輝き、団長の顔が絶望に染まった。
面倒なことになった。
だがそれと同時に、少しだけ面白いことになってきたとも思う。
俺はこれから始まるであろう波乱の予感に、口の端が吊り上がるのを止められなかった。
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