23歳・⑥「嘘」
春原さんを無事家まで送りとどけた後、自分の家に戻った。
幸い、このアパートはこの五年間では引っ越しておらず、場所も同じだった。
「ただいま」という声が、伽藍堂とした部屋に響いた。
ソファにもたれかかったとき、何か忘れていることにようやく気が付いた。
思い出した。
私は最初の遡りで両親に会うために、実家に向かっていたのだ。
「なぜ今まで気づかなかったんだ…」
実家に電話をしようと思い、スマホを取り出した時に、常田さんが話していたルールについて思い出す。
”遡った先で肉親に干渉してはならない”
今連絡をすれば両親に干渉することになり、最終的に自分の存在ごと消えてしまう。
「じゃあどうしろって言うんだよ」
独り言のように呟く。
ふと、表に駐輪したあるバイクに目をやる。
あの日、実家で小池オートの店主と話していたのだ。
「小池さんは何か隠していた?」
小池オートの番号を調べて電話してみる。
小池さんが遡りの事象に何か介在しているのなら、間違いなく両親についても知っているはずだ。
「おかけになった電話番号は現在使われておりません。」
「大変申し訳ございませんが…」
スマホを握りしめた手が、思わず震える。
「なんなんだよ…」
確かに検索結果に出た店舗情報は営業中となっている。
小池さんへの疑念が、確信に変わった。
すると、頭の中にあの日の光景が次々と蘇る。
「“昨日”で待ってます」という母の走り書きのメモ。
カレンダーに赤く二重丸で囲まれた「11月22日」がくっきりと目に浮かぶ。
そして「今日の山羊座は12位」という謎の着信。
よく思い出してみる。
確かに私はあの電話の声の主を知っている。
ついさっきまでフードコートでポテトを美味しそうに食べていた。
「…やっぱり春原さんで間違いない」
先ほどの常田さんとのやり取りを思い出す。
遡りの日の特定のワードがないと、“明日”にも“昨日”にもいけない。
「その為に春原さんは電話をよこしたのか」
「…野菜食べてくれたかな?」
例のイニシャルのキーホルダーを握りながら、唐突にそんなことを思い出す。
たった数日前の出来事なのに、時間軸では何年も未来だ。
そんなことを考えていたら途端に安堵し泣いていた。
キーホルダーを握りながら、いつの間にかソファにもたれ掛かり、泥のように眠っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます