第2話 魔術薬学部
「……魔術の中には人を癒すもの、人を殺すもの、様々あります。その中でも、ポーションと呼ばれるものは、広く薬として認知されている、魔術の産物です。皆さんも、一度は使ったことがありますね。大学の購買にも売られている代物です。その効果は著しく、人間の自然治癒力を高め、怪我の治癒に最適とされています」
広い講義室。
教室の中、登壇されているのは、名誉ある魔術薬学の担い手。
カモミール・メルトルトは、八人近くいる生徒達に対して、完璧な講義をしていた。
美しい乳白色の髪。腰丈まで伸ばし、背筋をピンと伸ばしている。
纏うローブには名前から取った、カモミールの刺繍が入り、存在感をアピールする。
気取らないながらも、常時気品に溢れると、佇まいからして美しく、視線を釘付けにされていた。
「カモミール教授って、凄いわよね」
「うん。気品がある上に、実力も相当よ」
「ねぇ。土と光の魔術の使い手で、回復ポーションの効能を革新的に上昇させた天才」
「そんな人の講義を受けられるのって、やっぱり最高じゃない?」
この講義は魔術薬学部の生徒は必修だ。
けれどそれ以外にも、時間が空いていれば、学年問わず自由に講義を受けることが出来る。
だからだろうか? この教室には、本来は学科でもない生徒が何人も混じっていた。
「では何故ポーションが必要とされるのか。それは怪我の治癒に効果的だからです。通常の魔術だけでは限界があります。もちろん、相当腕に自信のある魔術師であれば、軽く凌駕してしまいますが、大抵の場合は難しい。そのため、回復ポーションを使用します」
カモミールが話しているのは。回復ポーション(※回復薬の一種)の重要性だった。
この学科に在籍している限り、避けては通れない問題。
魔術の研鑽が著しいこの世界において、回復ポーションの存在は必要不可欠と言われていた。
「回復ポーションには、原則として自然治癒力を、いわば生物の構築に不可欠な要素、細胞や保有する魔力に干渉することが出来ます。そのため、通常では治り難いとされているけがや病気に対して、極めて高い効果を有します。実際に教科書二十六ページには、実証データも記載されているので、目を通しておくと今後の役に立つかもしれませんよ」
カモミールはそう言うと、生徒達の姿を視界に収める。
この言葉に反応して、すかさず教科書を開く生徒を探した。
それだけ真面目かつ真剣に講義を受けている生徒を探すのだ。
(回復ポーションの効果を高める……へぇ~、腕を再生させた事例もあるんだ。凄い!)
講義を受けていた魔術薬学部に属する生徒が、一人教科書を見て感心していた。
初見って訳じゃない。前にもこの事例は目を通した。
だけど何度見ても凄くて、女性にはとてもじゃないが真似出来ないと思った。
(腕を生やすのって、凄く大量の魔力が必要だよね?)
回復ポーションの効果は大きい。
腕を生やすって、それだけ大変なことだ。
もちろん回復魔術と併用したって、下に※で書かれている。
回復魔術を使いながら回復ポーションを使う。どれだけの魔力が必要なのか、女性には想像も出来なかった。
「ここに書かれている通りです。回復ポーションは回復魔術の効果を高める作用があります。つまり、これを応用して反転させれば、スカスカになってしまったキュウリを元に戻すことも、逆にパンにカビを生やさせることもできてしまう訳です。もちろん、回復ポーションを必用としない魔術師もいますが、魔術は努力の結晶です。その過程で回復ポーションを使用することに、躊躇う必要はありません」
回復ポーションは回復魔術と併用することで、効果を高めることが実証されている。
その可能性は幅広く、考え方によっては無限に広がる。
面白味がある。それが魔術であり、回復魔術を使えない人がほとんどだからこそ、回復ポーションは重宝されていた。
「ですので……」
カモミールは口を開いた。
回復ポーションの基礎を更に深めようと言葉を発する。
ほとんどの生徒の視線がカモミールに向けられる(※尊敬の眼差し)中、タイミングが凄く悪かった。
キーンコーンカーンコーン♩
キーンコーンカーンコーン♩
講義終了のチャイムが鳴った。
九十分間の講義が一瞬で終わってしまう。
正直、「あれ?」って感じで時間が流れてしまうと、カモミールは呼吸を置く。
「それでは今日はここまでです。皆さん、ご清聴ありがとうございました」
ペコリと丁寧にお辞儀をする。
深々と頭を下げる姿から、気品の良さを感じざるを得ない。
ズキュンと胸を打たれる生徒がいる中で、女性は講義の無いようにだけ想いを馳せる。
(なんだか、凄く充実した講義だった気がする)
教科書を綺麗に整える女性。
カモミールの講義がそれだけ有意義だったことに変わりない。
ホッと一息を付くと、教科書を鞄に仕舞う。
教室を出ていく生徒達。
その列に混ざろうと席を立つ。
ずっと一人、檀上から一番最後列の角席で講義を受けていた女性、アダバナ・マンジェシカは、陰の者として音も立てずに気配を殺すのだった。
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