毒も薬も紙一重〜総合魔術大学の日陰者は、何故か今日も慎ましく生きられない!?

水定ゆう

第1話 徒花の夢を見て

 暗がりの中。時刻は深夜を回っていた。

 先程まで出ていた萬月は、雲に覆われ隠れてしまう。

 まともな灯りが無い中、赤髪少女の一人が火の魔術で世界を照らした。


「××どうする気よ!?」

「私に聞かないでよ。ううっ、どうしよう」


 ××と呼ばれた少女は泣きそうだった。

 恐怖の余り足が竦んでしまう。

 けれどここで立ち止まるのは危険だ。何せ、命のやり取りの真っ最中だから。


「主を迎えるは火の窓。放つは火球の礫—《ファイアボール》!」


 暗がりの向こうから火球が飛んで来た。

 メラメラと燃え、周囲の木々を焼き払おうとする。

 応戦する少女達を殺そうとしており、威力に迷いがなかった。


「(カキン)危ないです!」


 細剣少女が、レイピアを振り抜いた。

 火球をカキンと切り裂いてしまう。

 レイピアの剣身が濡れており、水の魔術でコーティングしていた。


「ありがとう。まさか、ここまで追って来るなんて。私達、どうなっちゃうの!」


 ××は混乱していた。このままだと本当に死んでしまう。

 如何したらいいのか、如何すれば切り抜けられるのか。

 友達の少女達と一緒に周囲を警戒する。


「××、泣いても仕方がないわよ」

「そうです、××さん。気をしっかり持ってください」

「そうだよぉ。なんとかなるって~」

「だけどこのままだと、本当にマズい」

「ううっ、どうしよう。どうしたらいいの!?」


 少女達は取り囲われていた。

 このままだと砦から逃げることは出来ない。

 それよりも早く殺されてしまうのではないかと、恐怖のあまり泣き叫んだ。


「ううっ。課外授業なんて受けなかったら……」


 ××は泣いていた。大粒の涙を零している。

 暗がりで泣き喚くと、気が付けば男女問わず、不気味な人間達に囲われていた。

 揃いも揃って同じ色のローブを身に纏い、何やら怪しい目のマークが刻印されている。


「見つけたぞ」

「絶対に生かして帰してなるか」

「死ねっ、死んでしまえ」

「崇高なる儀式の糧となれ」

「「「死ねっ死ねっ死ねっ死ねっ。△△様の糧となれ」」」


 完全に狂っていた。如何やら怪しい宗教の教団らしい。

 よく分からない、古の誰かを崇拝しているようだ。

 気味が悪い。不気味で仕方がないが、実力は本物。

 ××達学生では到底太刀打ち出来ない。


「どうしたらいいのよ、もうっ!」

「はい。このままでは……」

「私達、殺されちゃいますぅ~?」

「こんな所で死ねない」

「死にたくないょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 恐怖が共鳴し始めた。

 重く苦しい感情が呻き声を上げる。

 特に××は泣き喚くと、ズキンと胸が打った。


「うっ!」


 突然口を押えた。

 吐き気を催すと、吐瀉物が出そうになる。

 友達は心配するものの、怪しい教団は魔術を唱えた。


「「「主を迎えるは闇の門。捧げるは若き鮮血。さすれば呼び掛けに応じ、姿を現した給え。我らを導きたる、崇高なる貴方様。我らの世に掛けに応じ、今顕現……」

「うるさい!」


 教団は魔術を唱えていた。

 すると地面に赤い線が走っている。

 如何やら自分の腕を切ったらしい。そこから垂れた鮮血が陣を描くと、何かを降臨させようとする。

 

 対価となる触媒には足りていない。

 それでも詠唱を決してやめようとしない。

 このままでは死んでしまう。分かっていながらも、教団は××達を生贄にして、△△を呼び出そうとする。


 しかしその呼び掛けは一瞬で崩壊した。

 言葉を失った。空気が鋭く尖った。

 開いた口が閉じることは無く、詠唱を続けている筈が、声が出なくなる。

 代わりに教団の連中は、口の中でも切ったのか、真っ赤な血を垂らした。


「あっ……あっ、ち、血?」

「な、なんで……ぶへっ!」

「痛い、痛い、苦しい……うえっ!」

「△△様、お、お助けを……あああああああああああああああ!」


 教団の人達は急に苦しみ始めた。

 ××達は何かした訳ではない。

 そのつもりなのだが、教団の人達は、次々倒れていく。


 口から血を垂らしている。

 しかも大量の血で、致死量に値していた。

 目は明後日の方向を向き、指先は麻痺して硬化する。


 立ち上がることも出来ない。全身の力が抜ける。

 内臓が腐って壊死してしまうと、心臓の鼓動が早まる。

 それぞれが呼応してしまうと、重なり合ったみたいに唸り声を上げていた。


「な、なにが起きているのよ!?」

「これは……××さん!」

「なぁに~、その腕」

「それ、刻印?」


 誰も何が起こっているのか分かっていなかった。

 そんな中、××の右腕が光っている。

 変な刻印が浮かび上がると、紫色に光り輝く。


「えっ、ええっ、なにこれ!」


 戸惑ってしまうのも無理はない。

 ××は恐怖を感じて腕を振り回す。


 突然教団の人達が倒れた。

 意識を失い、屍の列を作り出した。

 危機を脱した。それだけは確かなのだが、砦自体の老朽化もある。

 グラリと一瞬だけ傾いた気がした。


「ひ、光ってる!? 光って……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「「「結局こうなるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


 ××は腕をブンブン振り回す。

 それでも刻印の光は消えることがない。

 立ち上がってフラリとすると、急に砦がグワンと揺れた。


 もちろん××のせいではなかった。

 砦自体が老朽化し、地面も傾いていた。

 大量の人間が一ヶ所に集まって倒れたせいか、重心が傾いた。


 その瞬間、砦は崩れてしまったらしい。

 崩壊する砦から投げ出される××達。

 数多くの死体が砦に押し潰される中、××は思った。


「ああ、やっぱり死ぬんだね」


 ××は死を悟った。死ぬ覚悟を示した。

 だけど死にたくなんて無い。当然のことだ。

 全員が死の淵を悟り、ある種の覚悟を決めると、奇跡は舞い降りるのだった。


 そこで記憶が途切れてしまった。

 視界は暗がりに、崩壊していく砦。

 腕から漏れる不思議な光が夜天に輝き、××達は森の中へと消えた。





「はっ!」


 ベッドから飛び起きた女性が一人。

 グッショリと汗を掻いている。

 嫌な夢を見ていた。偶に思い出すだけで、頭が痛くなる。


「またあの夢」


 女性はあの夢の光景を知っている。

 幾度となくみて来た夢だ。もちろん、現実に起きたことは間違いない。


 何を隠そう、その目で見ていた。

 その場に居て、あの悲惨な光景を眺めていた。


 多くの人達の絶叫。苦しんで歪む顔。

 崩れ落ちる古い砦に、埋もれて消える亡骸。

 

 撒き散らされた赤い鮮血。

 ジッと鼻の奥を劈く不快な臭い。

 思い出すだけでも表情が歪んだ。


「最悪だよ。この夢を見る時は、決まって……」


 女性はこの夢を何度も見て来た。

 しかもこの夢は総昔の話でもない。

 数年前。女性が魔術大学に通う前から見ていた。


 そしてこの夢を見る時は、決まって面倒なことが起こる。

 大抵良いことではなく、悪いことが起きてしまう。


 ただ起きるだけならさほど問題でもない。

 けれどこの夢を見た、それは女性が巻き込まれる証だ。

 今から嫌な予感が渦巻くと、ゾッとして身震いを起こす。


「はぁ。大学生になったのに、もう半年も経ったのに……もう最悪だよ」


 女性は今にも泣きそうだった。

 ギュッと布団を掴むと、顔がクシャクシャになる。

 嫌だ嫌だと胸がザワ付くと、心拍数がグングン上がる。


 溜息を付いてしまうのも無理はなかった。

 女性は華の大学生になった。

 けれど上手く行かない。魔術学校時代は出来た友達も、魔術大学に通うようになってからは全く居なくなっていた。


 そのせいか、毎日が辛くて仕方がなかった。

 何事もない、鬱屈とした日々を過ごしてきた。

 それに加えてあんな悪夢を見るなんて、一体これから如何なってしまうのか。


「ふはぁ~。怖い、でも眠らないと、今日も大学があるから」


 まだ時刻は深夜三時。バイトもしてくたびれた体をベッドに埋める。

 今日も大学だ。講義を受けないと単位を取れない。

 目立たない女性は講義に出ないと忘れられるかもしれない。


 そう思うと無理やりにでも眠ることにした。

 最悪な事なんて起きる訳がない。

 今までの自分を払拭するように願うと、再び眠りに付くのだった。

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