第一話「赤い屋根の家」

僕が七歳の夏、家族は新しい家へ引っ越した。


車の中で、僕は窓の外を流れる景色をただ眺めていた。隣では双子の姉・愛佳が助手席の母と楽しそうに話している。次のサービスエリアでソフトクリームを買ってもらう約束らしい。後部座席に一人残された僕は、会話に加わることもなく、ガラスに映る自分の色のない顔をぼんやりと見つめた。


父の運転する車が見慣れない住宅街の細い路地に入り、一軒家の前でゆっくりと止まる。


「さあ、着いたぞ」


父の低い声に促され、車から降りた僕が最初に目にしたもの――それは屋根だった。


目に痛いほど鮮烈な赤。夏の強い日差しを反射して、まるで燃えているかのように輝いている。しかし燃えるような屋根とは対照的に、家全体は疲れ果てた老人のようにどんよりと沈んでいた。壁はくすみ、並んだ窓は何も映さない虚ろな眼窩に見える。庭の雑草は伸び放題で、不気味な影を落としていた。


「わあ、素敵!」


愛佳が歓声を上げる。母も「家賃が安いわりには立派じゃない」と満足げだ。


僕だけが何も言えなかった。この家が僕を拒絶している――そんな気がしたのだ。


玄関のドアが開かれ、一家で中に入る。ひんやりとした黴と古い木の匂い。空っぽの部屋に家族の声が大きく反響した。姉と母はどの部屋を誰が使うかで盛り上がり、父は荷物の段取りを考えている。


僕はそんな家族の輪からするりと抜け出した。


一人、家の奥へと続く薄暗い廊下を歩く。そして一番奥で、一つのドアを見つけた。他の飾り気のあるドアとは違う、のっぺりとした何の変哲もない木の扉。


なぜか、そのドアから目が離せない。


ゆっくりと手を伸ばし、ドアノブに触れる。指先に氷のような冷たさが伝わった。


開けてはいけない。


心のどこかで警報が鳴っていた。この扉の向こうには、僕が決して知ってはいけない何かがある。


「愛都!」


母の呼ぶ声が遠くに聞こえる。僕ははっとしてドアノブから手を離し、一度だけその冷たい木の扉を振り返ると、家族のいる明るいリビングへ足を向けた。


この胸騒ぎの理由を知るのは、それからほんの少し後のことだった。

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