第12話 危機一髪

 俺達は二階に上がると、長い廊下の奥にある部屋へと向かった。


「ここが執務室か」


 外から見た建物の構造から、ここが一番奥の部屋で間違いない。

 俺はドアノブに手を伸ばす。

 すると突然背後から呼び止められた。


「ユクト⋯⋯誰か来ます」


 リーゼロッテが小声で問いかけてくる。

 俺の耳にも複数の足音と声が聞こえて来た。


「ど、どうしますか? このままでは見つかってしまいますよ」


 見つかることを恐れているのか、冷静なリーゼロッテが狼狽えている。

 このままだと見つかるのは時間の問題だろう。


「逃げ場はありません。こうなったら倒すしか」


 リーゼロッテが脳筋の考えを打ち出すが、応援を呼ばれる可能性があるので、出来ればそれは避けたい。 


「逃げ道ならあるだろ」


 俺は慎重に執務室のドアを開けると、ガチャッと音が鳴ってしまうが、構わず中に入る。そしてリーゼロッテを中に招き入れてドアを閉めるが、その際にも僅かだがバタンッと音が鳴る。


「絶対に気づかれていると思います」


 リーゼロッテは見つかった時の想定をしているのか、剣の柄に手を添える。

 日中の生活音が聞こえる時間帯ならともかく、深夜で周囲が静まった今なら、音が聞こえてもおかしくない。

 俺達は息を潜めてドアの外にいる奴らの出方を伺う。

 足音がこちらへと近づいてくる。

 そして三十秒、一分と時間が過ぎて行くがドアが開けられる様子はない。むしろ足音が離れて行くのがわかった。


「はあ⋯⋯助かりました」


 リーゼロッテは安堵のため息をついてその場に座り込む。その気持ちはわからないでもないけど。


「おいおい。まだ仕事は終わってないぞ」

「わ、わかっています」


 俺が指摘すると、リーゼロッテはすぐに立ち上がった。品行方正に育って来たリーゼロッテにとっては、他人の家に侵入するなどたぶん初めての行為だろう。ゆっくり休ませてやりたいけど、今はやるべきことをやらないとな。


「裏金の帳簿を見つけましょう。ですがこれは骨が折れそうです」


 月明かりに照らされた部屋を見渡す。すると棚がいくつもあり、その棚には本や帳簿と思わしき物がビッシリと並べられていた。 


「でもやるしかありませんね。この部屋にいればいるほど見つかるリスクが高くなってしまいますから」


 リーゼロッテは棚に手を伸ばし、裏金の帳簿を探し始める。

 だが俺はリーゼロッテとは別の場所へと向かった。


「ユクトも手伝って下さい。早く探さないといつまた人が来るかわかりませんよ」

「あ〜うん⋯⋯ちょっと待ってくれ。まずはここを見てからな」


 俺は執務室にある重厚な机への引き出しを漁る。

 たぶん裏金の帳簿などやばいやつを目に見える所に置いているとは考えにくい。もし隠すなら隠し部屋とか、鍵が掛かっている場所じゃないかな。


「そこに帳簿があるんですか?」

「わかんないけど。とりあえず鍵が掛かっている引き出しがあるから⋯⋯よし、開いたぞ」


 俺はドアの鍵を開けたように、針金を使って引き出しを開けた。

 すると一冊の書史が出てきたので中身を見る。


「ユクト⋯⋯やっぱりあなたの職業は泥棒ですよね。アークトク商会の悪事を暴いた後、ユクトも捕まえた方がいい気がしてきました」


 リーゼロッテから冷ややかな目を向けられる。もうこの目を何度向けられたかわからないな。そのせいか美少女からの冷たい視線に快感を覚えてきたぞ。どうやらまだ見ぬ境地を開いてしまったようだ。


「怖いことを言うな。それより目的の物があったぞ」


 書史にはアークトク商会からボーゲンへ、王都の一等地にでかい屋敷が買えるくらいの金額が渡されていることが記載してあった。


「私にも見せて下さい」


 俺はリーゼロッテに書史を渡す。すると書史に目を通したリーゼロッテの表情が、怒りへと変わっていく。


「⋯⋯何ということを。これは断じて見過ごす訳には行きません」

「後はワルイを懲らしめてやりたい所だけど⋯⋯」


 この時、窓の外に気配を感じたので目を向ける。

 すると一台の豪華な馬車が走っていく様子が目に入った。そして一瞬だが、馬車の窓から中年の男性の姿が見えた。


「あれはワルイですね。以前一度だけ見たことがあります。夜遅くにどこへ⋯⋯」

「まあ夜中は昼に比べて治安が格段に悪くなるから、この時間にどこかに行くのは不自然だな」


 しかし悪党の活動が活発になるのは、古来から夜と決まっている。

 もしかしてあの馬車の行き先は⋯⋯


「急いであの馬車を追うぞ」

「えっ?」

「少し気になる。ひょっとしたら余計な手間が減るかもしれない」


 俺は呆けているリーゼロッテの手を取り、執務室の部屋を出る。そして外に待機しているルイ姉達と合流するのであった。

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