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第二話 依頼人


「ふぅ……」


 鎧瀬あぶせは刀に付着した血を払い、火照る胸元に風を通す。

 今しも形状を崩壊しつつある化け物の背から、雑草の伸び放題な空き地に飛び降りて着地すると、一仕事終えた晴れやかな顔で封月に歩み寄る。


「未だに出るときは出るもんだね」


 時は現在――2121年。

 旧来のネット回線が稼働停止し、世間では国営による新規格インフラ――極微細ヨクトコンピュータの運用が本格的に動き出していた。


 幻覚災害から四年の月日を経て、極微細コンピュータは『浮遊バクテリア』と揶揄されもっぱらそちらの名前で定着していた。未曾有の人為災害を引き起こした諸悪の元凶であるという風当たりの悪さにも関わらずこのネット回線の整備は推し進められたのである。


 理由は二つ。

 一つめは、大気中に散布されてしまった極微細コンピュータを回収することが困難であること。旧式の回線はすでに稼働停止状態のまま復旧する予定はない。

 二つめは、そもそも幻覚災害自体がネットワークの国営化を推し進めるための偽装工作なのではないかというものだ。これは陰謀論の域を出ないが、少なくともあの事件は国にとって都合よく働いた。


 際限なく拡大する一途を辿っていたインターネットインフラを権力者が掌握するため、あの災害は意図的に引き起こされた――と、訴える人も少なくない。


 鎧瀬の言う通り、未だ浮遊バクテリアは吹き溜まり幻覚という形で現実を侵食している。穢物を祓う異能を持つ者達はきっと各地で対応に追われているのだろう。

 現状の平穏な日々は、危うい均衡の上に保たれていた。


「さ、帰ろう封月ふうづき。……封月?」


「えっ……あ、」


 封月は、鎧瀬が手を差し伸べていることに気付かなかった。


「上の空だな。ぼけっとしてるとまた穢物が来るぞ」


 肩ほどで切り揃えられた鎧瀬の髪が、秋の柔らかな夕日に赤く輝き風に踊る。

 我に帰った封月は「すみません」と、手を取って帰路に着く。


「……ふ、はははっ」


「なんです?」


 不意に笑い出した鎧瀬に対して、封月は怪訝そうに様子を窺う。……何かおかしいことがあっただろうか。


「いやぁ、ま、いいんだけどさ……」鎧瀬はまだ笑みを浮かべ、少し意地悪な目をして封月を見つめる。「『買い物袋を持つよ』って意味だったから。手を繋ぐとは思わなくて」


「あっ――」


 そこまで言われて、封月は気付いた。


 二人で買い物へ行った帰り道の途中、出会でくわした穢物を祓う際に鎧瀬から預かっていた買い物袋を右腕にぶら下げている。

 そんなことも忘れて、差し出された手を繋いで歩いていることに今更恥ずかしくなった。


「離します! 離します!」


「えーいいじゃんこのままで。袋も持つよ」


 鎧瀬は振り解こうとした手に指を絡ませ、しっかりと握る。


「……誰も見ちゃいないよ。


「からかわないでください……」


 顔が紅潮しているのは夕日のせいだと言い聞かせ、二人は互いの手の温もりを感じながら歩いた。





 一夜が明けて、私は自室で目が覚めた。

 もぞもぞと起き上がり、大欠伸を一つ。寝起きに背伸びをしてからベッドを降りた。


 ――朝ごはんを用意しなくちゃ。


 二階の自室を出て、廊下を進む。

 両親が使っていた部屋は現在、鎧瀬さんの部屋になっている。おそらく今日もまだ寝ているんだろう。

 いつもならそのまま部屋を通り過ぎて階段を降りるのだけど、私の脚は止まった。なんとなく、昨日手を繋いで歩いたときのことを思い出したのだ。


 ドアノブに手をかけて、そっと捻る。内鍵をかけてはいないようですんなり開いた。

 カーテンの締め切られた室内は朝日を通さず薄暗い。ダブルベッドに手足を放って眠っている鎧瀬さんは、起きているときとは別人のように幼く見えた。


 ――ふふ、寝癖……。


 切り揃えた猫毛のショートヘアが頬に張り付いている。

 顔の横には薄く握られた手が添えられていて、細く綺麗な指が毛布に絡んでいた。穢物と戦うときはあんなに格好いいのに、近くで見るとちゃんと女の子の手をしていて、なんだかどきどきする。


「ん……」


 と、鎧瀬さんが声を漏らす。覚醒の兆しに私は驚いて、そそくさと退散した。……危ない危ない。



朝ごはんの準備。来客。


❖書き出し位置

鎧瀬燈は封月のことを「封月」とか「アンタ」と呼ぶ。生活力はない(幻覚だから物を動かしたりできない伏線)。

封月端月は鎧瀬のことを「鎧瀬さん」と呼ぶ。おっとりしているけど家事は得意。

バトル・設定説明・サブキャラの背景は極限まで簡潔に。

最終的に、封月=幻想と現実の狭間に生きる存在として描写され、読者が感情的にも納得するエンドを目指す。鎧瀬燈がいなければ門は常時開放してしまうため、鎧瀬は特例として存在を許されることとなる。


プロット


2話冒頭:悩みのとき(約7000字)

 燈のことを意識してしまう端月。寝起き姿の燈の顔すら直視できない。完全に一目惚れを自覚し、片思いのやきもきした気持ちを描写。


2話前半:サブプロット(Bストーリー)

 家に来客。

 貝木椛の依頼。彼女の依頼は『人の可動域を模倣したマネキンの腕を作る』こと。話を聞くと、弟が事故で腕を無くしたそうで、義手をオリジナルで作成したいのだそうだ。

 弟の義手にこだわるのは、「自分が現実を受け止めることでしか弟を支えられない」という姉としての信念によると描写。燈と正反対の価値観「夢や逃避に溺れるな、現実を見ろ」を持たせ、最終的にそれが転換する構造

 そもそもそんな依頼をなぜ端月に?――まず、端月と椛は高校の同輩で連絡先を持っている。そして、端月は人見知りな性格から就職せず、趣味のアクセサリー制作と販売で収入を得ている。こういったオーダーメイドが得意なのだ。

 さらに、椛の方も副業でアパレル業に勤めているため、ビジネスの繋がりもある。良いものを作れば、宣伝にもなるのだ。端月は義手制作を引き受けることにした。


重要な伏線シーン:椛との会話で、燈が話しかけても椛は完全に無視。椛は燈が見えていないし聞こえていない。読者には「椛が失礼」に見えるが、実は燈が幻覚である証拠。


嫉妬・独占欲の百合シーン。

燈は椛をうっすら嫌う。端月に近付く存在にやきもちを焼いている。


2話後半〜3話:お楽しみ(約7000字)

 燈の能力で義手を一気に制作できないかと試すが、通用しないらしい。

 端月は「自分の力で作らなきゃだよね」と反省し、気持ちを切り替えて制作を始める。

 椛とのやりとりや義手制作を通じて、端月と燈の間に小さな葛藤やズレ(たとえば端月が燈に頼りすぎる描写)を入れることで、読者の「違和感」を増幅させつつ飽きさせないようにする。

 「幸せな百合→絶望と破綻」の振れ幅が魅力である一方、読者によっては唐突に感じる可能性あり。燈の存在が少し曖昧になる描写(食事をしていない、影がない、写真に写らないなど)を追加しておくと、落差が自然になる。

 義手制作が順調に進む。燈との関係もより親密になり、端月の幸福感が最高潮に。


 3話後半では、穢物を倒した帰り道。ついでの買い物で街に出た二人。しかし市街地で端月が燈と逸れて一人になってしまう。動揺した端月はPTSDの症状が現れ、過去のトラウマを思い出す。


3話ラスト:ミッドポイント

 端月の回想:霊素可視化現象の最中、集団幻覚で友人を失い、正気を失った端月が百鬼夜行を召喚。そのとき助けに現れた燈も、百鬼夜行を斬り払ったのも、すべて端月の幻覚だった可能性を示唆。『穢物を祓う裏社会の仕事』なんてものは存在せず、これまでの二人の日々は全て端月の幻覚だった。


帰宅すると燈が何事もなかったように家にいる。燈は市街地で消えたことを覚えていない。端月は不安を抱きながらも、燈に甘えて現実逃避。


4話前半:迫り来る悪(約7000字)

 義手がついに完成。やり切った無理が出たから端月は熱を出す。燈が看病。ここは病気で弱った姿と家事が下手なりに看病を頑張る燈の百合。しかし端月の心の底には「これが幻覚だったら…」という不安が常にある。


4話後半:全てを失って/心の闇

 椛が義手を受け取りに来る。三人での会話の中で、椛が「さっきから誰と喋ってるの?」と指摘。

真相の発覚:


椛には燈が見えも聞こえもしない

端月の語る「穢物退治」の仕事は実在しない

家具の召喚なども全て端月の幻覚

椛の職業「周波数調整員」が、端月の妄想した燈の仕事の現実版


「百鬼夜行って海外ではなんと訳されるか知ってる?」「ワルプルギスよ」


椛は善意から端月を幻覚から救おうとするが、端月は酷く傷つく。燈の存在が消失してしまう。


絶望した端月が再び百鬼夜行を召喚。街は再び混乱に陥る。


5話:第二ターニングポイント。第三幕へ(約3000字)

 椛は対処しようとするが、端月の強大な幻覚領域に太刀打ちできない。百鬼夜行の中心で「姫」として君臨する端月。


 ここから端月と椛の会話劇。

 端月が経験してきた燈との日々が、椛によってどんどん指摘され、崩れ去っていく。幻想と現実のぶつかり合い。その果てに燈の存在が消えてしまう。


 端月が「燈は幻覚かもしれない。でも私はこの幻を愛した。そしてこの幻に愛された」と独白する。

そこに現れたのは、端月の強い祈り(願望という幻覚から)復活・受肉した『燈』。椛が太刀打ちできなかった百鬼夜行を易々と斬り払う。


 端月の強固な「願い」が燈を再び現実に呼び戻した。これは「夢が現実に打ち勝つ」ことのメタファーであり、「物質世界に侵食する幻想」そのもの。

「夢は育つ。あなたが信じてくれたから、私はここにいる」ここで名前呼びに変化。だから本編はずっと苗字にさん付けの形で進める。

 椛は燈の存在を「端月の暴走を止める制御機構」として認めることにする。夢がなければ生きていけない人間がいる。端月は燈という恋人を(守られるだけでなく)護る覚悟を決める。

 二人の関係は恋から愛へと昇華され、結ばれる。



 『封月燈――それは特異体質の娘が生み出した存在で、もとより死者ですらない。一人の娘の妄想が浮遊バクテリアを介し具現化したという事象を、とりあえず不死の帯域に分類したという、カテゴリー分けの難しい案件だった』


シリーズに共通している年表(集団幻覚事件他諸々)。


2100年――22世紀の節目に合わせて発表された新技術。『微細コンピュータ』……これはドローン技術から発展したもの。小型化したPC群が空中に浮遊し、それぞれと連携して演算処理を行うという。回線強度やタスク処理の飛躍的向上が見込まれ、先進国で普及、発展。大気中にハードウェアによるクラウドネットワークを形成。


2110年――極微細コンピュータの普及。もはや目に見えない程小さいナノスケールのPCが待機に拡散され、全世界が共通のネットワークインフラを享受する時代になる――かと思われた。


2117年――全世界で浮遊バクテリアが旧世代ネットワーク回線と感応。膨大なデータ処理にパンクし、三ヶ月に渡り霊素可視化現象が起こる。経済的にも大きなダメージ。ITインフラが衰退して、インターネットは国営化される。ここで「極微細コンピュータ」は「浮遊バクテリア」という通称で呼ばれることになった。

貝木椛は集団幻覚に対して適性があり、周波数調整員の仕事(当時アルバイト)に就く。


2121年――『DREAM INCUBATION』霊素可視化現象後、国営化の進むインターネットに対し『誰が既得権益を掴むか』の争いが起こっていた。日本でも政治家の息がかかっている組同士が抗争し、その勢力の中で覇権を握ろうとしているのが巨大グループ企業の封月組である。

 貝木椛の弟が事故で片腕を失ったのもこの年。東伏見から新潟に帰郷。義手の制作を本作の主人公『端月』に依頼。


2125年――『CRUMBLING SKY』インターネットインフラも、世界経済もある程度落ち着いたあたり。回線強度には課税制度が適用され、日々の娯楽から携帯端末の地位は弱体化している。また、依然として浮遊バクテリアの霊素可視化現象が起こる地域があり、その問題解決に勤しむのが『CRUMBLING SKY』の主人公である。


2126年――未曾有の大震災。『篝火と微睡みの街に棲む食屍鬼の物語』と『最後の異世界転生譚』に繋がる。



キャラクター

封月ふうづき端月はづき

 21歳。女性。2117年の人的災害『霊素可視化現象』で友人を失い、PTSDを患う。異変の最中で百鬼夜行を率いた。浮遊バクテリアとの親和性が高く、幻覚を見やすい体質。

 自分の能力が制御できるわけではないので、トラブルメーカー的なキャラ。仕事も勉強もできないけど、家事は得意。


鐙瀬あぶせあかり

 23歳。女性。端月の幻覚が生み出した存在。端月を守る守護霊的な役割。


貝木かいきもみじ

 21歳。女性。霊素可視化現象を解決する『周波数調整員』という仕事に就いている。シリーズ別作品にも共通して登場するキャラクター。端月とは高校が同じだった。

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