第三章:歪な模倣

 スマホの画面に映し出された見取り図は、私たちに残された唯一の希望だった。

「見て。私たちは今、この一階の広間……おそらく書斎だった場所だ」

 私は画面上の一点を指し示す。凛と陽菜も息を潜め、顔を寄せた。

「この地図があれば、屋敷の全体像が把握できる。まずは全部の出口を確認しよう。侵入した場所以外にも、どこか道があるかもしれない」

 二人は力なく頷く。恐怖で思考が止まりかけている――だから、私が導くしかない。

 地図を頼りに探索を再開した。複雑に入り組んだ廊下も、地図があれば迷わない。

 玄関、裏口、庭へ通じるテラスの扉……地図に記されたすべての出口を調べたが、結果は同じだった。どの扉も鉄壁のように閉ざされ、びくともしない。

 二階の主寝室には、頭を押さえながら苦悶の表情で徘徊する主人の霊。

 一階の居間には、首から血を流しながら歩き回る妻の霊。

 二階の廊下には、背中に複数の刃物を突き立てられたままの息子の霊。

 一階では、首の折れたメイドが徘徊していた。

 その傍ら、台所には顔に火傷を負ったメイドが立っている。虚ろな笑顔を浮かべ、何も載っていないトレーを抱えて台所と食堂の間を往復していた。

 遭遇するたびに悲鳴を上げ、物陰に飛び込み、やり過ごす。

 ――その繰り返しの中で、確信に近い疑念が芽生え始めていた。

「……おかしい」

 空き部屋に身を潜め、息を殺していたとき、私は先ほど見た主人の霊を思い出す。

(あの霊は頭を押さえて苦しんでいた。でも、記録では……首を絞められて死んだはず)

 最初に見た使用人の霊と同じく、死因と姿が一致しない。記憶違いか――?

 迷わずスマホを取り出し、写真フォルダを開く。見取り図と一緒に、事件を報じた新聞記事の画像も保存してある。調査準備のとき、念のため撮っておいたものだ。

 画面に映る記事を読み、息を呑む。

『……主人である影山源次郎氏は、首にロープ状のもので絞められた痕跡が……』

『……使用人の女性二人のうち、一人は胸部を刃物で複数回刺されたことによる失血死と見られ、もう一人は頭蓋骨を鈍器で割られたことが致命傷となったと推測される……』

 記憶は正しかった。私たちが見た霊の姿は、記録された死に方とは食い違っている。

 さらに、もう一つの事実に気づく。

「……待って。あいつら、いつも同じ動きしてない?」

 呟きに、凛と陽菜が顔を上げる。

「主人の霊は、主寝室から出て書斎の前まで歩いて消える。メイドの霊も、決まったルートしか通らない。見失ったら、追ってくるのもすぐやめる」

 そう――動きがあまりにも機械的だ。

 凛がはっとしたように言った。

「……まるで、ゲームの敵キャラみたい」

 その一言で、頭の中の靄が晴れる。決まったルートを巡回し、姿を見つければ追跡し、見失えば元の位置に戻る――まるでゲームの中の敵だ。馬鹿げた考えに思えるのに、この異常な屋敷では妙に説得力を持ってしまう。

「ゲーム……? でも、相手は幽霊だよ?」陽菜が震える声で否定する。

 私は首を横に振った。

「わからない。でも、もし本当にそうなら――」

 胸の奥に、わずかな光が灯る。

「――確かめてみよう」

 そこに、この屋敷から脱出するための糸口があるかもしれない。

 そう信じることでしか、この恐怖に立ち向かう術はなかった。

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