第8話:旅の始まりと三人体制の夜

こうして俺、フィン・アッシュフォージと、幼馴染のハンナ、そして俺の育ての親である師匠グンドハルによる、奇妙な三人パーティの冒険が始まった。旅立ちの朝、村人総出の見送りは正直気恥ずかしかったが、ハンナの両親が師匠の屈強な背中を見て心底安心した顔をしていたのが印象的だった。


「いやー、しかし、若い男女の二人旅にしゃしゃり出るほど、ワシもヤボではないつもりだったんじゃがのう」


街道を進みながら、師匠がニヤニヤと俺たちを見て言う。


「な、何言ってるんですか師匠! 今回は危険な旅なんですから!」


「そうですよ! フィン君は、私のことをちゃんと守ってくれるって約束したんですから!」


ハンナが頬を膨らませて言う。その言葉に、師匠はさらにニヤニヤを深めた。


「ほうほう、守る、か。フィンよ、男の『守る』には色々な意味があるからのう。しっかり頼むぞ」


「だから、どういう意味ですか!」


三人での旅は、思った以上に快適だった。前衛で道を切り開くハンナの農作業流戦闘術、後衛から戦斧で全てを薙ぎ払う師匠の圧倒的なパワー、そして俺は『魂魄の瞳』で周囲の危険を察知し、最適なルートを指示する司令塔。役割分担は完璧だった。



旅も五日が過ぎ、いよいよ明日には目的地『迷いの森』に到着するという夜。俺たちは焚き火を囲んでいた。


「ふむ、このあたりに自生している『ノマド草』を少し揉んで肉に擦り付けると、風味が格段にアップするぞ。ドワーフの野営の知恵じゃ」


師匠が披露する豆知識に、俺の前世のキャンプ知識が刺激される。これも一種のハーブソルト。香りの成分が肉の臭みをマスキングし、加熱によって生まれる香ばしい匂いと合わさって食欲をそそるのだ。


「うん! おいしい!」


ハンナが幸せそうに肉を頬張る。

その姿を見ながら、俺はハンナに声をかけた。


「ハンナ、明日に備えて、お前の装備の『調整』をしておく。こっちに来い」


「うん…!」


ハンナが素直に頷く横で、師匠がギロリと俺を睨んだ。


「…フィンよ。お前、さっきからワシの目を盗んでは、ハンナの鎧の腰つきやら胸の膨らみやらを、ねっとりした目で見とるじゃろ」


「ぎくっ!? ち、違いますよ! あれは鎧のフィット感と可動域のクリアランスを確認するための、純粋な工学的視点です!」


「その工学とやらは、やけに特定の部位に集中しとるようじゃがな。まあよい。お前のその奇妙な『力』が、武具にどう作用するのか、ワシも興味がある。見せてもらおうか」


師匠は呆れながらも、面白そうに髭を扱いている。


俺は咳払いを一つして、プロデューサーとしての威厳を取り繕った。


「いいかハンナ、明日の森では、いつ戦闘になってもおかしくない。お前の身体に最適な動きを、今夜のうちに叩き込んでおく!」


「はいっ!」


カチコチに緊張したハンナが、鍬を構える。


「違う! 肩に力が入りすぎだ!」


「そう、その腰つきだ! いいぞ、素晴らしい!」


「もっと脚を開いて重心を低く!」


俺の熱血指導が夜の森に響く。師匠は「ほう、なるほど。あの踏み込みは、硬い土を掘る際の体重移動の応用か。理にかなっておるわ」などと、真面目に分析している。


一時間ほどみっちり指導し、汗だくになったハンナを休ませる。


「さて、と。仕上げだ」


俺は革袋から、特殊な獣油と柔らかい布を取り出し、ハンナのブリガンダインに手を伸ばした。胸元のプレートの隙間、脇の下の可動部、そして、股関節の動きを司る、太ももの付け根あたりの革パーツ…。


俺の手が太ももの付け根に触れると、ハンナの体がびくんと跳ねる。


「ひゃっ…! あ、あぅ…!」


「こら、フィン! 何を若い娘の鎧の上からベタベタと触っておるか!」


師匠のゲンコツが飛んでくるが、俺はひらりとかわす。


「メンテナンスですよ! 汗や湿気で革が硬くなると、せっかくの動きやすさが台無しになるでしょうが! 鎧を着たままでも、可動部の革に油を馴染ませることはできる! 君のポテンシャルを最大限に引き出すためには、こういう地道な作業が一番大事なんだ!」


俺は師匠の監視の目など気にせず、丹念にハンナの鎧を磨き上げた。師匠は、やれやれといった顔で首を振り、心の中で呟いた。


(あやつら、なんで鎧を脱いでやらんのだ。まあ、年寄りが若いもんのやることに口を出しても馬に蹴られるかのう…ハンナも照れてはいても嫌がってはおらんようだし)


(くっ…! この鎧の設計、我ながら完璧だ…! 彼女の豊かな胸のカーブに沿ってプレートを配置したことで、衝撃を分散させつつ、その魅力を少しも損なっていない! この腰から尻にかけてのライン! 防御力と機能美、そして官能美の奇跡的な融合! 俺は天才か!?)


俺が自分の仕事にうっとりしていると、ハンナはいつの間にか黙り込み、目をぎゅっとつむって、小刻みに震えていた。焚き火の光に照らされた彼女の頬は、熟したリンゴのように赤く染まっている。

師匠は、そんな俺たちを見て、深く長いため息をついた。


「…まあ、お前が本気でこの子らのことを考えておるのは、伝わってくるわい。…ただし、その視線と思考が、九割方、破廉恥な方向に向いとるがな」


俺のスケベ心は、どうやら師匠には完全にお見通しのようだった。

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