第44話【宰相オルダス視点】終幕への毒薬
「……聖女への疑心は、恐怖へと変わりつつありますが、決定打には至っておりませぬ」
部下からの報告に、私は静かに頷いた。
民衆とは愚かなものだ。あれほど恐怖を煽っても、心のどこかでは、まだあの偽りの聖女に奇跡を期待している。
ならば、その僅かな希望ごと、絶望の底に叩き落としてくれるまで。
私は、執務室の隠し金庫から、一つの小瓶を取り出した。
中には、どす黒く濁った液体が、禍々しい気配を放っている。
これは、私が長年かけて『災厄の匣』から抽出し、培養してきた、純粋な呪いの結晶。薄めて国王を蝕んだ呪毒の、原液だ。
愚かな先王が、神獣の力を欲したばかりに、我が父は死んだ。王を守るという騎士の誉れ? 笑わせる。あれは愚王の犠牲となった犬死にだ。あの愚王も、その血を引く今の王も、そしてその子らも、全てがこの国を蝕む病巣に他ならない。
「リチャード王子には、まだ知らせるな。あの方には、事が起きた後、驚いていただくほうが、より面白い芝居が見られる」
私は、闇に潜む部下に命じた。
「これを、下層地区の全ての井戸に、一滴ずつ垂らせ。夜明けと共に、王都は新たな悪夢に包まれるだろう」
「はっ」
『聖女が撒いた呪いが、ついに人々を蝕み始めた』
民衆はそう信じ、絶望し、怒り狂うだろう。そして、その怒りの矛先は、聖女と、彼女を庇護する大神殿へと向かう。
全てが、私の筋書き通りに。
この国が、偽りの聖女によって破滅したという、美しい物語の完成だ。
そして、その混沌の果てに、真の支配者が生まれるのだ。父の無念を晴らし、この国を真に導く者。この私、オルダスが。
さあ、始めよう。終幕への、最後の儀式を。
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