第42話【セレスフィア視点】獅子の覚醒と、逆転への策

主治医ゲルハルトに導かれ、私は王城の中を歩いていた。これは罠かもしれない。意識不明のはずの王が私を呼ぶなど、あまりに荒唐無稽だ。だが、この膠着した状況を打破するためには、どんな僅かな可能性にも賭けるしかなかった。私の腕の中では、ポヨン様が、この夜の探検にわくわくしているかのように、きらきらと体を輝かせている。


長い通路を抜け、たどり着いたのは国王陛下の寝室。ゲルハルトが厳重な鍵を開け、私を中へと促した。息を殺して部屋に足を踏み入れた瞬間、私は息を呑んだ。

そこにいたのは、衰弱しきった病人の姿ではなかった。

玉座にこそ座ってはいないが、それと変わらぬほどの威厳と覇気をその身に纏い、鋭い眼光で私を見据える、一人の王が椅子に腰かけていたのだ。

「……陛下」

公の場で遠くからお姿を拝見した時の、力なくやつれた面影はどこにもない。そこにいたのは、まさしくアストライアの獅子王そのものだった。


「リンドヴルム卿の娘か。噂に聞く『聖女殿』が、お主であったか」

国王アルトリウス。長らく病に伏せ、意識不明のはずの彼が、そこにいた。


「驚くのも無理はない。だが、我はとうに目覚めておったわ」

陛下は、事の次第を静かに語り始めた。何者かによって強力な呪いをかけられ、意識を失っていたこと。そして、ある夜、小さな青い聖獣がどこからか現れ、その呪いを全て喰らい尽くしてくれたこと。

「……ポヨン様が」

「うむ。聖獣様は、我が命の恩人よ。以来、私は意識が戻ったことを隠し、病床から、この国の動きを、そして私を呪った真犯人の尻尾を、ずっと探っておった」


陛下の言葉に、全ての点が線で繋がった。

「陛下を蝕んでいた呪い……それは、神殿の地下にあったという『災厄の匣』の……」

「左様。犯人は、王家の歴史と神殿の禁忌に通じ、そして、王家に深い恨みを抱く者……。先代の愚行によって、忠実な父を喪った男。宰相オルダス、あの男をおいて他にない」


陛下の瞳に、冷たい怒りの炎が宿る。

「オルダスは、噂だけでは民衆を縛れぬと見るや、必ず次の一手を打ってくる。おそらく、人為的に『灰死病』を発生させ、その罪を全てお主たちに着せるだろう。そうなれば、民衆の怒りは決定的となり、最早誰にも止められん」

絶望的な予測。だが、陛下の声には、揺るぎない確信があった。

「だが、それこそが、奴の尻尾を掴む絶好の機会。セレスフィアよ、我が命の恩人である、あの小さな聖獣の主よ。この国の膿を抉り出すため、余に力を貸してはくれまいか」


国王陛下直々の依頼。断る理由など、あろうはずもなかった。

「陛下の御心のままに」

私が深く頭を下げると、陛下は満足げに頷き、机の引き出しから、眩いばかりの魔力を放つ宝珠を取り出した。

「これは『太陽の雫』。王家に伝わる、魔力を凝縮させた秘石だ。あの子への、ささやかな礼だ。きっと、力になってくれるだろう」


陛下が宝珠を手に取ったその時、私の腕の中にいたポヨン様が、その輝きに気づいた。

陛下は、その姿を見ると、厳格な王の顔から、一人の優しい祖父のような顔になり、その宝珠をポヨン様に差し出した。

ポヨン様は、それを実に美味そうに、一口で平らげてしまった。

この、予測不能で、純粋で、そして計り知れない力を持つ小さな奇跡。

この子と、そして覚醒した獅子王と共に、私たちは今、反撃の狼煙を上げる。

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