第27話【セレスフィア視点】神殿の審問と、聖水の奇跡

大神殿からの召喚状。それは、教皇聖下の御名において発せられた、事実上の審問会への出頭命令だった。

議題は、ポヨン様の力の源泉が『聖』なるものか、あるいは『魔』なるものかを見極めること。リチャード王子とイザベラ王女も臨席するこの場は、単なる宗教的な儀式ではない。私たちの存在が、王家と神殿、双方にとって正式に認められるか、あるいは異端として断罪されるかを決める、極めて政治的な意味を持つ舞台だった。


この日のために、私は眠る間も惜しんで準備を進めてきた。古代神学に関する難解な書物や、聖獣にまつわる古い伝承を読み解き、あらゆる角度からの詰問を想定し、理論武装を固めてきたのだ。負けるわけにはいかない。


大神殿の荘厳な聖堂。教皇聖下を中央に、大神官オーギュストをはじめとする高位の神官たちが並び、そして、後ろの席にはイザベラ王女やリチャード王子が、それぞれの思惑を隠して座している。審問の対象であるポヨン様は、神聖なる裁定の場として用意された中央の白大理石の机の上に、ちょこんと乗せられている。


審問は、大神官オーギュストの鋭い問いから始まった。

「リンドヴルム嬢。貴女が聖獣と呼ぶそのスライムは、聖典に記されたいずれの聖なる獣にも該当しない。その力の根源を、神学的にどう説明するおつもりか」

「大神官様。聖典は、神が我らにお与えになった道標。ですが、神の御業の全てが、そこに記されていると考えるのは、人の傲慢というものではございませんか」

私は、臆することなく、準備してきた論理で応戦する。聖典の解釈、古代魔法と神聖魔法の関連性、忘れられた土着の神々。オーギュストとの神学論争は、一進一退のまま、白熱していった。


だが、言葉だけの論争では、埒が明かない。

膠着した空気の中、オーギュストは最後の手段に出た。

「……よろしい。ならば、その身を以て、神の御前に清浄なることを証明していただきましょう」


三人の神官が、恭しく銀の盃を捧げ持って、ポヨン様が乗る机の前に進み出た。盃の中には、高位の神官の祈りによって聖別された、強力な魔を祓う『聖水』がなみなみと満たされている。

「聖なるものならば祝福を、邪なるものならば浄化の光をその身に受けるであろう!」

オーギュストの厳かな宣言と共に、神官たちが聖句を唱え始めた。そして、指先で聖水を弾き、繰り返し清めの水滴をポヨン様へと振りかけた。邪な存在であれば、聖水に触れた箇所は焼け爛れるはず。私の心臓が、緊張に締め付けられる。


だが、ここでもポヨン様は、私たちの想像を遥かに超える行動に出た。

ポヨン様は、その体の一部を盃に、にゅるりと伸ばし始めたのだ。

「ポヨン様っ!?」

私の制止の声も虚しく、その触手のようなものは、寸分の狂いもなく神官が持つ盃へと到達し、中の聖水を、ちゅるちゅると音を立てるかのように吸い上げ始めた。その触手は次々と隣の盃、さらにその隣の盃へと伸び、神聖なる儀式のための聖水を、瞬く間に全て吸収してしまったのだ。


聖堂は、水を打ったように静まり返る。神官たちは、空になった盃を手に、ただ呆然と立ち尽くすばかりだ。

その、誰もが言葉を失った静寂の中。

奇跡は、起きた。

ポヨン様の青く透き通った体が、内側から、ふわり、と、淡く温かい光を放ち始めたのだ。それは、邪を祓う浄化の光ではない。慈愛に満ちた、まさしく聖なる光そのものだった。

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