第5話 学園生活

「マティスはミネストローネ好きだったよね。僕の分も食べて良いよ。はい、あーん。」

 語尾にハートでも付いているのかというくらい甘い声で話しかけられる。当たり前のようにスプーンを口元に運ばれるが食べられる訳は無かった。俺がルイとの婚約を破棄したがっているという以前に、ここは学園の食堂である。

「やめてください」

「どうして?」

「どうしてって……!そもそも、こんな公衆の面前ですることとは思えません!」

「ふふ、そっか。じゃあこういうことは家に帰ってからやろうか。」

 二人きりでね?という囁きに周囲から黄色い歓声が上がる。完全に見世物になっている……と気が遠くなった。

 

 ルイ殿下との婚約が決まってから2年以上の月日が経った。国の貴族が通う学園に入学し、現在は最終学年である3年生。小説で聖女が発見される年でもある。

 ルイは以前より大人の男性の魅力を増し、俺が知っている挿絵とほぼ同一の出で立ちになってきた。ルイ殿下の周囲を取り巻く環境も、俺が知っているものと一緒である。それらは前世の記憶に対する確信をより強める要素として俺の不安感を煽った。思い出してからというもの、なんとか早めに婚約破棄できないかと表から裏から画策してみたが、気付いたら失敗に終わることがほとんどだ。殿下の様子を見るに、何か邪魔をされているような気もする。

(そもそも妨害されてなかったとしても、外堀は埋まっていってるのに……!)

 先程のように、ルイは学園だろうと所構わず俺を構いたがる。努めて拒否するが、どうにも押され気味というのが正直なところだ。

 日々俺を悩ませている当の本人はというと、差し出したスプーンを自分の口元に運び直し、上品に食事を再会していた。ミネストローネが好物なのは事実なため、つい羨ましくて眺めてしまう。自分で拒否しておきながら羨ましいというのは理不尽かもそれないが、彼のあーんを受け入れてしまったが最期、一杯分を丸々王子の手で運ばせることになる。そのため結局は断るしか無いのだ。一回でも恥ずかしいのに、そんなことは耐えられない。

 

(もう聖女が現れる年まで来てしまったんだ。事前の婚約破棄が無理だとしても、ルイが聖女と結婚することになった後、気まずくならない位の距離感にはしておきたい。)

 

 俺とルイが人目のあるところでイチャイチャしたりしたら、瞬く間にその様子は貴族中に広まる。お互いの立場もあり、注目はかなり集めやすいのだ。ルイと聖女には愛を育んでもらって、世界を救ってもらわなくちゃいけない。俺のせいで聖女との恋愛に支障をきたしたりしたらシャレにならないし、俺も今後の人生を円滑に送りにくいという考えだった。 

 婚約後、今まで以上に構ってくるルイを見た時は(この世界線では俺のことを愛し抜くルートもあるんじゃないか?)などと都合良く考えたりもした。聖女が現れたら俺と結婚できないと知り、「じゃあ王になるのをやめる!」なんて言うんじゃないかと思うほどの溺愛感。ルイには優秀な弟もいるため、彼らに継承権を譲ったりしないかと不安に思ったがそんな様子はなく、現在も王になる準備を順調に進めている。

 小説通りであるという安心感と同時に、自分の言ってることを信じられなかった寂しさも覚える。確かに今は俺のことを好いてくれているかもしれないが、結局は愛玩動物のような存在なのだ。俺の一大決心の告白は信用に足るものではなく、ルイの行動を左右させるようなものにはなれない。俺を一番愛しているように見えて、俺と結婚するために何かを変えることもないのだ。以前に聖女が現れたのは数百年前の話だし、自分のことよりも国のことを大事にする責任感のある彼が好きだった。彼の言動は当然であるのに、大好きな彼に不満を持ってしまう汚い自分も嫌だった。

 俺の言う事を信じてほしい、本当に愛しているのなら全てをかなぐり捨ててでも俺のところに来てほしい。そんな身勝手な考えは、心の中でしか思うことができなかった。


  

ルイは食堂にいる使用人に声をかけると、にっこりと笑った。出来立ての新しいミネストローネが机に運ばれる。

「本当は食べたかったんだよね?

 どうぞ、満足するまで食べてね。」

 

 そんなことを言われたものだから、遠慮なく頂くことにした。俺の様子に気づいてくれたんだ……とときめいてしまったのは内緒である。好物を食べる様子を見て、ルイはとても嬉しそうだった。日常の小さな幸せが愛おしく思えて、失いたくないと思ってしまった。

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