第4話 婚約破棄

「マティスは僕以外の人と結婚したいの?」

 ルイがいつも浮かべている優しそうな微笑みが消え失せる。今までとは違う雰囲気に思わずたじろぎながら答えた。

「え、いや、まぁ、したいというか……いずれはそうしなきゃいけないから、早いうちに探したほうが良い人に出会う可能性も高いかなという話で……」

「良い人……?僕以上に良い人がいるとは思えないんだけど」

 それはそうなのだが……とさらに返答に困ってしまう。若くして部下からの信頼も得ている、この国の第一王子。勉学も魔法も申し分なく外見だって麗しい彼に、スペックで勝てる男など居ない。それに加え優しくて引っ張っていってくれる性格の良さ、強さも兼ね備えているなんて今まで俺がメロメロになっていたのは当然ともいえる。 

「責めたいわけじゃないんだ、そんな顔しないで。マティスのお願いはできるだけ叶えてあげたいし、自分の好きなように生きる君が好きなんだよ?」 

「えっと……」

ルイは萎縮して下を向いていた俺の顎をすくって無理やり上を向かせた。優しい声色とは違う冷たい瞳と目が合う。

「でもさ、マティスの願いが僕から離れることっていうなら、話は変わってくるんだよね。しかも僕以外と結婚するだって……?」

俺の目を射抜いてそのまま貫通するんじゃないかというくらい凝視される。目が逸らせない。普段はブルーダイヤモンドの様に煌めく瞳は暗く影を見せているし、カツカツと爪先で音を刻む様子から怒りが隠しきれてない。

彼の言葉も虚しく、どう見ても責められてるようにしか見えなかった。

「あぁ、ごめんごめん。うーん……そっか、自分でもこんなにイライラすることがあるなんて。新しい発見だよ。」

怯えた俺を見てルイは顔を伏せる。そして一瞬の後、上げられた顔には普段通りの穏やかな微笑が浮かんでいた。

「ふふ、マティスといると、今まで知らなかった感情が知れるね。」

ぞわぞわと心が逆立つ。次世代国王が見せる完璧な笑顔は、穏やかで隙がないように見せて屈服せざるを得ないような威圧感があった。違和感のある笑顔の裏で何を考えているのか、伺うように距離を取っていると部屋にノックの音が響く。

「失礼いたします。只今よろしいでしょうか。」

「いいよ。用件は?」

ルイは慣れたようにメイド姿の使用人を招き入れる。用件を尋ねられた本人は少し誇らしそうに口角を上げると、カーテシーをして答えた。

「お二人の婚約について、無事に教会から受諾されましたのでご報告させていただきます。」

「そっか、ありがとう。戻って良いよ。」

「かしこまりました。」

指示を受けたメイドは静かに退出の動きを見せると、最後に俺たちに向けて「ご婚約おめでとうございます。」と微笑みを残してから扉を閉めた。

「い、いつの間に……」

差し込む隙間がなくただオロオロとしていた俺が出せた声は情けないもので、拒絶の意思を見せたにも関わらず進んでいる話に呆然とする。

「あれ、気づいてなかった?マティスが僕の求婚に応えてくれた時に、何人かの使用人は既に手続きに向かってたよ?」

(全然間に合ってない……!!!)

流石王族の使用人。ルイの意向もあり普段はワイワイとアットホームな空気が流れているから勘違いしてしまうが、仕事となると超一流。やることが早すぎる。

 

「王族に対する婚約の返事を取り消せるわけ無いでしょ?これからもよろしくね、僕の可愛いお嫁さん。」

 

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