第2話 原作小説
ここが恋愛小説『第一王子と強制的に結婚することになった私は、転生聖女として世界を救う……!?』の中だと自覚したのはついさっきのことだ。無料の小説投稿サイト『小説家になりたい』にて連載されていたそれは、ありきたりな設定と展開でありながらも、王道故の分かりやすさや気持ち良さ、キャラクターの魅力を備えていた。結果、サイト内でもそこそこの人気を得ており、なりたい系小説が好きだった自分も読者の一人だった。
小説の内容は、車に轢かれてこの世界に転生してきた主人公(ヒロイン)が、第一王子とラブコメしながら聖女として世界まで救っちゃう……とまぁタイトル通りの話だ。
転生してやってきた聖女は神からの授かり物と言われ、国を挙げて歓迎しなくてはならない。また物語の舞台である我が国では、『聖女は国王もしくは継承権がある王子との結婚をすること。そして王妃として国を支えていくように』というとんでもない憲法が存在する。これは聖女が前に現れた数百年以上前に制定されたもので、長年姿を見せなかった伝説にも近い存在に、国は大慌てで対応することになるのだ。
物語の主人公はというと、異世界に召喚されたかと思えば、歓迎すると言いながら王子との結婚を強制してくる人々に激怒。当然結婚相手として現れたルイの事も拒絶することになる。本人の意思なんて関係なしの法律を受け入れられない主人公と、そんな彼女に同情はしながらも、王族として国の望むとおりに動くことは当然だと政略結婚を受け入れているルイ。そんな2人がぶつかりながらも世界を救うため苦楽を共にし、お互いに影響を与えていく。
最初はあまりに強く拒絶する主人公を面倒に思っていたルイだが、自分のことを1人の人間として扱い、感情を引き出していく彼女に段々と絆されていく様子は、丁寧に描かれていたこともありとても感激したのを覚えている。それに価値観は違えど根の優しい2人が次第に惹かれ合うのは、当然だったように思う。最終的に2人は真実の愛を育み、過程で手に入れたアイテムを駆使して魔王を倒し、政略などではない幸せな結婚をして物語は幕を閉じる。まさになりたい系の王道を突っ走る小説であった。
そして現在の俺はというと、小説には名前も出てこないモブ。聖女である主人公の登場によりルイ殿下に婚約破棄される公爵令息のマティスなのだ。黒髪黒目の低身長で、男性にしては童顔な見た目。西洋風のイケメンが多く存在するこの世界では珍しく、かなり日本人っぽい風貌である。挿絵にも描かれていなかったため本来のマティスがどうだったかは分からないが、俺的には馴染みがあり落ち着いて良い。ちなみに俺がされるであろう婚約破棄だが、いわゆるなりたい系小説で多くあった『パーティーで行なわれる一方的で理不尽な婚約破棄』などではなく、『聖女の出現による正式な婚約の取り消し』なので、特別酷い目にあうことはない。
そういった事情もありマティスは存在したかも怪しいレベルで、チラッと話題に出たかな?くらいしか出番が無い。むしろ、男女の恋愛を描く小説の中で「同性との結婚も一般的である」という珍しい設定を読者に説明するだけの存在だった気がする。
「女の子とも結婚できるの!?」と興味を示した主人公に対して、既に彼女のことを好きになっていたルイが焦ったり、最終的には性別や立場関係なく主人公のことを好きになったのだと表明する部分のスパイスになっていた。それは結構オリジナルの要素で良かったなぁ。
……と、思い出したばかりの記憶にゆったり浸っている場合でもない。俺は人生の岐路に立たされているかのような気持ちになりながらも、この先のことについて考えた。
頭を殴られるような衝撃と記憶の濁流、心境の変化を体験して、これは勘違いや妄想なんかじゃないと確信している。むしろ自分の頭がおかしくなっただけならどれほど良かったかなど悶々と考えてみるも、楽しく読んだなりたい小説の数々を今この場で生み出したとは思えない。
……目の前の少年と婚約しても、数年後には王族の都合で無かったことにされる運命だとしたら。それが分かっていて、何年も婚約者として生活をするなんて、いったい何の意味があるのだろうか。王太子を支えるという、制約も責任もある立場に縛られ大切な時期を無駄に消費するよりも、婚約破棄された後の生活に向けて準備を進めることが自分には必要なのではないか。
俺は婚約しないで済むよう説得の意思を固め、足取り重く殿下の部屋に向かった。
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