僕がもう犬を飼わない5つの理由 【カクヨム公式自主企画『この夏、あなただけの“好き”を届けよう』参加作品】

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僕がもう犬を飼わない5つの理由

 犬なんて飼わない方がいい。

 実際に犬を飼ったことがある僕だからこそ、声を大にしてそう言いたい。


 犬好きの方や犬を飼ったことがない方は、この意見に共感できない人もいるだろう。

 だからこのエッセイでは、僕がもう2度と犬を飼わないと決めた理由を5つに分けて紹介していこうと思う。


 

 まず1つ目、飼うのが大変だ。


 僕が飼っていたゴールデンレトリバーを例に挙げよう。

 毎日の散歩とブラッシング。おやつの時間や食事の管理。トイレは都度変えねばならないし、月ごとに風呂に入れるのだって一苦労。


 こんなにもこちらの手を煩わせるくせして、奴らは幸せそうな顔でこちらを見ながらいつも舌を出して笑うのだ。

 そうすればこちらは喜んでなんでもすると思っているし、実際そうせざるを得ないのだから余計に始末が悪い。実に狡猾な戦略である。



 次に2つ目、うるさい。


 犬という生き物は本当にうるさい。吠えない犬種とされているゴールデンレトリバーを飼っていた僕が言うのだから間違いない。

 うちの奴もご多分に洩れず吠えない犬だったが、それ以外の音も相当にうるさい。


 公園でボール遊びをすると、バタバタと足音をさせながら駆け回る。雨の日に家の中でしようものならその音は察して然るべきだ。

 僕が家の鍵を開ければカチャカチャとフローリングを鳴らして近寄ってくるし、おもちゃの引っ張りっこで遊べば重低音が鳴り響く。


 そんな音の塊のような生き物にも関わらず、こちらが彼らの音を聞きたいと思う時はなぜか静かになるのだ。

 動画を回しているのだから、遊ぶか吠えるかしてくれ。道端の雑草を見ている場合では……おいこら食べるな。腹を壊すぞ。ビタミン類はフードに混ぜた野菜で足りているだろう。



 そして3つ目、金がかかる。


 これは致命的だ。正直、自分にかける金の何倍も犬に消費していた自覚がある。

 犬は飼い主に無限の奉仕を要求し、飼い主はそれに屈服せざるを得ない。なんと暴力的な搾取構造だろうか。


 犬自身の購入費やケージなどの初期費用はもちろん、餌代や保険代、病院代、トリミング代等々、挙げればキリがない。

 これだけでも大変だというのに、それらを遥かに上回る出費が存在するのだから恐ろしい。


 そう、グッズ代である。

 おやつとおもちゃ、洋服や首輪、リードにベッドによだれ掛け。この世界には、犬を可愛く見せるための商品が無限に存在する。


 どんなグッズを合わせても可愛い。どんなおもちゃでも楽しげに遊ぶ。結果、無限に金が吹き飛んでいく。

 自分の好きでやっていることなのだから、文句を言うのは筋違いかもしれないが……僕は少額のゲーム課金さえ我慢しているというのに、お前はどれだけ贅沢をする気なのだ。



 追加で4つ目、プライベートが消える。


 ずっと、もう本当にずっと、うちの犬は僕に対してまとわりついてきた。

 甘え上手と言えば聞こえはいいが、どこに行こうとついてくるその様はもはやストーカーである。

 休日に起こすな、寝かせてくれ。ベッドを占領するな、自分のを使え。トイレについてくるな、鼻が死ぬぞ。


 ひとりで泣きたい時も、疲れて帰った時も、死にたくなった時も、どんな時でもうちの子は僕にまとわりついてきた。

 おかげで何度泣いたことか。何度無理やり笑わされたことか。何度また頑張らされたことか。何度も、何度も……



 ……さて。

 上記4つの理由を紹介したが、ここまで読んでくれた諸君らには、最後の理由に行く前にこれらの解決策を教えよう。

 とは言っても、自然にそうなるのだから解決策と言えるかは怪しいが。


 それはずばり、老衰である。

 生物は老いる。無論、犬も例外ではない。

 そして、老いれば上記の問題のある程度が勝手に解決していく。


 手が掛からなくなる。

 おやつの頻度は減るし、散歩はすぐに帰りたがる。うちの子の場合、粗相が増えてしまったのは問題だったが。

 だが、それでも以前より大人しくなり、全く手が掛からなくなるのだ。


 うるさくもなくなる。

 遊ぶ頻度が減り、動くことも少なくなるから当然だ。うちの子は特に静かだったから、夜鳴きや無駄吠えもなかった。

 以前よりもずっと、家の中が静かになった。


 使う金も減っていく。

 ご飯の量は少なくなるし、新しいおもちゃに興味を示さなくなる。保険に入れていれば病院代もあまり怖くない。

 使わないというよりは、使えないようになると言うべきか。


 プライベートの時間も増える。

 こちらが関わらなければ、うちの子はもうこちらに寄ってこなくなった。同じ部屋にいればのそのそと近づいてくるが、それだけだ。

 限られた時間で、よりスキンシップを取るようになった。



 どうだろう、諸君。

 ここまでの話を聞いて、犬を飼うなんてロクなもんじゃないとお気づき頂けただろうか。あるいは、まだ犬を飼いたいと思うだろうか。


 もし、まだ後者のように考える人がいるなら、最後に僕が犬を2度と飼わないと決めた一番の理由を紹介しよう。























 死ぬ。


 最後の理由はこれだ。いや、これだけだ。

 今までの理由はどうでもいい。これが、僕が2度と犬を飼わないと決めた唯一の理由だ。


 あなたが犬を飼っても、愛犬はいつか死ぬ。あなたに不幸がない限りは、あるいはあなたが老人でなければ、必ずあなたより先に死ぬ。

 沢山面倒を見て、声を聞いて、金も時間も使って、ずっと一緒にいてくれた愛犬は、あなたを置いて逝ってしまう。

 虹の橋を渡るなんて幻想的なものではない。あなたの手の中で、あなたの目の前で、物言わぬ骸になってしまうのだ。


 僕の愛犬もそうだった。

 ご飯を食べてくれなくなって、遊んでくれなくなって、思い出が増えることもなくなって、寝ている時間が増えて。

 病気はしなかった。怪我もなかった。ただ自然の摂理として、数ヶ月前に、僕の腕の中で穏やかに死んだ。


 愛犬の死に直面したあなたは、僕と同じように涙を流すだろう。喪失感と後悔が入り混じった涙だ。

 人が流す中で、おそらく一番辛い涙だ。


 もっと遊んであげればよかった。もっと色々なことをさせてあげたかった。もっと一緒にいればよかった。ずっと一緒にいたかった。

 そんなどうしようもない後悔の念に、ずっと苛まれ続けるのだ。


 そしてあなたはきっとこう考える。

 犬なんてもう2度と飼わない、と。

 大変だし、うるさいし、お金がかかるし、1人にしてくれないし……色々な理由を付けて、その悲しみに向き合わないようにするはずだ。


 その例は、丁度あなたが見てきただろう。

 必死に良い思い出から目を逸らして、それでもそれを思い出すと視界が霞んで。

 結局はメッキが剥がれて、この始末だ。


 僕は弱い人間だから、こんなひねくれた目で思い出を見ないと耐えられない。

 そのくせに、愛犬との記憶を無くさないよう何度も思い出してしまうから、余計に辛くなるのだ。



 だが、こんな僕を見てもなお、あなたが犬を飼うというのなら、ひとつだけ約束して欲しいことがある。

 

 どうか、心からその子を愛してあげて欲しい。


 犬の寿命は短い。あなたが思っているよりもずっとだ。だから、その短い時間に、精一杯の愛を注いであげて欲しい。

 たくさん世話をして、たくさん声を聞いて、たくさんお金をかけて、たくさん関わってあげて欲しい。

 愛犬と過ごした時間の全てが愛しかったと、そう思えるようになって欲しいのだ。



 僕はそうした。

 愛犬と過ごした全ての時間が愛おしくて、そして思い出すだけで心が締め付けられるものになった。


 きっと、この悲しみから立ち上がるのにはまだまだ時間がかかるのだろう。

 だから僕は何度でも言おう。愛犬の思い出と向き合って、僕達は最高に幸せだったのだと胸を張って言えるその日まで。



 僕はもう2度と犬を飼わない、と。

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