第七話

 崖崩れが多い為、人が近づくのは困難とされている山々がある。

 ネールがもともとやってきたユコック村から、北西にずれた方角だ。一度通ってきた道であるため、大分わかりやすい。特に迷うこともなく、目指していた場所に向かうことができた。

 ネールは師匠の元を離れてから目安通り、7日経っていた。

 荒れた岩山の中踏みしめる地を探しながら歩いて行くと、真っ先に感じ取ったのは振動であった。


「(――これは、あの時の――!)」


 今や恐怖心は何もない。ただ慎重に方角を探りながら丘陵する地を駆けて行った。

 すると、次に理解したのは、どうやら今まさしく戦っている人がいるということだった。

 男の悲鳴のようなものが聞こえる。どうやら複数人が応戦しているように感じる。派遣された冒険者たちだろうか?

 やがて切り立った崖が見えてきて、下の森を見下ろすことができた。


「(――あれが……!)」


 視界に捉えることができたのは、屋敷の様なでかさの真っ黒なケダモノだった。

 そこに人がいるのかどうかまではここからでは確認することができない。ただその大きさから魔獣を確認することは十分だった。


 師匠から貰った細身の剣を握りしめて、剣先をよく見つめた。

 ネールは、集中して風の力を刀身に纏わせた。

 一撃だ。この一撃で相手を仕留めることを考えなくては。

 あれだけの巨大な相手の前に、かすり傷を負わせて怒らせた上、相手の目の前に姿を置いたのでは仕方がない。

 念入りに計算した上で、ネールは崖を、飛び降りた。

 ネールは、イケると確信した。自分の体重と重力と生じる風もすべて剣先に巻き込んだ。


 思った以上の突風が巻き起こり、それは魔獣の頭の上から下へと突き抜けて地面まで破壊した。爆風のような衝撃が辺りに巻き起こった。

 近くには、敵わないと判断して撤退しようとしていた国から派遣された冒険者や騎士達が複数人森の中へと散らばっていた。

 彼らは、誰かが魔獣に向けて巨大魔法を放ったのだと思った。しかしこの国には現在力のある魔道士は絶えてしまっていた。


 ネールは具体的には、魔法と呼べるほどのものを使っているつもりはない。ただただ強い力と意志で錬磨された、『技』だった。


 ネールは修行で得たやり方でうまく着地した後、急いで魔獣からの距離をとった。

 魔獣の動きは、止まっていた。――やった。ネールは確信した。

 しかし魔獣は、その次の瞬間には意識を取り戻し、怒りを携えて、攻撃の矛先をネールへと捉えた。そして現代のこの国では見ることがないであろう、巨大な攻撃魔法を繰り出そうとしていた。

 だがしかし。


 間に合った――!


「多烈風撃」

 魔獣の攻撃より先に、ネールの振り下ろした剣先から生じる無数の刃が、魔獣を襲った。

 計算通り、初めの一撃で魔獣の『形』を崩し、僅かな空いた時間で魔獣との距離をとり、次の攻撃を放ったのだ。

 一度崩された魔獣の身体は、風の刃により、バラバラになる。

 それは辺りの木々も同時に切り刻まれる威力の物だった。一度貫かれた魔獣の身体にもう一度叩き込まれた攻撃により、魔獣の身体は成す術もなく散って行った。

 破壊された地面と自然以外、何も残らない静寂が視界に訪れる。

――終わった。それは、僅か1分に満たない時であった。あっけない終わりの様だが、もし。何かが違えば。何がどうなっていたのかはよくわからない。

 ネールは武者震いで震えている。

 魔獣からなすすべもなく逃げるしかなかった冒険者達は、今しがた何が起きたのかを理解するために困惑した。


 しばし脱力し放心しているネールに、ひとりが声をかけて来る。

「あなたが、魔獣を、倒されたのですか……?」

 感嘆と驚きの眼差しで見つめられている。

 ネールが問いかけに応答していると、次第に幾人かが声をかけて来て、

 どうやら王都に来て、魔獣を討伐した報告をするべきで、一緒に来てくれと煽られた。


 それは、魔獣は風の魔法にて瞬時にして討伐されたと、後世に伝えられる伝記の一部となった――



※ ※ ※



 鬱蒼とした山林に建てられた山小屋の中に、男がひとり。

 辺りは静寂に包まれ、風に揺られた木の葉が掠れる音だけが聞こえる。


 ネールが魔獣討伐に向かってから、既に一ヶ月と少しの時が経っていた。

 何者からも阻まれた山林での慣れた独りでの暮らしが、ネールが訪れて、突如一変した。

 そして新たに慣れたその暮らしもまた独りに戻り。ひと月も経てばすっかり元の暮らしであることに師匠は哀愁を感じ始めていた。


 まだ戻ってこないのは遅い。まさか、魔獣にやられて死んでしまったなど、そんなはずはない。

 しっかりと戦闘技術のいろはを、万が一のこともないようにしらみつぶしに教え込んだはずだ。

 ネールのことを信じて、こちらから向かうことはしなかった。だが、もしものことがあったのなら。

 そんな後悔を感じるのは嫌だった。

 落ち着かない気持ちがどうしてもぬぐえない中、ルイスがやってきてこれを渡してくれと言われたと手紙を手渡された。ネールからだった。


 なるほど。魔獣討伐後、どうやらネールは城に連れて行かれたらしい。都心部に一切訪れたこともなく、戸籍すらない彼女は王室からの質問攻めにされなすすべもなく、基礎的な都心部での共通の教養などを教わるために王都に留まらされているらしかった。師匠は、その手紙を読んでひとまずの納得をした。



※ ※ ※



「うわ。ここが王都ですかー…。」


 魔獣討伐の為に派遣された辺りに居た者達に促され、一緒に馬車に相席し、走ること数日。

 オルトリスの、王都にたどり着いた。

 ネールは自分の村、ノーイ村での閉鎖的な暮らししか知らない。

 複雑な建築物に、数々の物や人々。その賑わい様。

 これが自分が生きている国で、人間の生活様式なのだということを、初めて実感させられた。


「(わー!あの人が着てる服!あの人の恰好!あれは一体何?!)」

 馬車の窓から見える人々、賑わう市場、何もかも、見たことのないものばかりで目を奪われた。

 あまりに自分が生きて来た世界が狭いものだと気が付き、とにかく目まぐるしい情報に、衝撃と頭が冴えて来る感じがした。


「都心部に来るのは初めてですか。なるほど。では少し、この辺りで歩きますか?」


声をかけてきた馬車の隣に座る男性は、国王直属の騎士隊のひとりだという。窓の外の光景に目を輝かせる少女が微笑ましく映ったらしく、いろいろなことを教えてくれた。

 まったくこのようなあどけない田舎者の少女がどうやって魔獣を倒す力を手にしたのやら。どうやら英雄白狼の弟子だということだが、それにしても信じがたい。王都の人々の身なりがまったく理解できないようだが、しかしまた異なった教養の高さがあるようで――それに美人だ。


「……いえ!すぐにお城へ案内してください!」


 ネールは、男性の申し出にきょとんとして、興味が沸いたが、ぐっと堪え、我を取り戻したように力強くそう意志を伝えた。

 私はただ、魔獣討伐のために師匠のところから出発した。そしてその報告のために国の王の元へと向かっているだけなのだ。


 王への謁見の間に通されてからは、すべてが目まぐるしい。

 周りにいる彼らがどういう立場の者達なのかもわからないまま、そこに構えていた複数人の人々から、質問責めにされることになった。

 聞かれたことはネールに答えられないことが多かったために参ってしまった。

 その質問内容は、ネールの所属がどこによるものかというものだった。

 今はなくなってしまったノーイ村の出身であることを告げたら同情気な顔をされたが、なにせ、ノーイ村はあまりにも辺鄙な村なのでそこで生まれたネールには、戸籍すらないということに国の者達はどうしたものかと考えた。

 それなら王都への永住権を与えるのがぴったりだろう――

 それにそれほどまでの力がありながら、まだ14であり、天涯孤独の身であるというのであれば、ネールの身柄を貰いたい者達もいっぱいいた。

 いろいろな思惑が溢れる中、とにかくネールには王都に滞在して貰い、良い待遇を与える様に国の者達で話し進められた。

 ――なるほど、何も考えていなかったが、世界の英雄となるというのはいろいろな通過儀礼があるのだと思った。――この提案は受け入れて、そしてその後に師匠のところへ戻ろう。



※  ※  ※



「おはようございます――先生」

「おはよう、ネールさん。」


 王都の一角にある、国の宰相が所有し、誰も使っていないという邸宅を宿泊所として使うように案内された。

 国でも評判、聡明で、人格者であり王族の者の家庭教師もしている、――とある人物が、彼なら打って付けだろうと付き人として選ばれた。

 ネールは彼、『先生』から、王都に来てからわからないことだらけだった事柄、ネールが知るべき事柄を、わかりやすく的確に、やさしく教えてもらった。おかげで不安な気持ちは全くなくなっていた。

 待遇は素晴らしく。国の貴族の生活とはこういう感じなのだろうか?ちょっとよくわからないが実に優雅に感じた。

 どうやらネールに会いたいという国の者が数多にいるらしくこれから順に挨拶することになるらしい。そう、英雄扱いだ。

 報酬として、金貨二千枚頂いた。ネールの村では銅貨や銀貨は使われても、金貨が使われるような生活場面はほとんどなく、どれくらいの価値があるのかわからない。

 国の偉い人の他、いろいろな人に揉みくちゃにされていると、まるで、これから王都で暮らしていく準備が整えられているように感じて来た。これではなかなか師匠の元に戻る事ができそうにない。


 先生の提案と許可を貰って王都を出歩くと、自分が生きて来た村も、師匠との生活も、極々、小さなことしか存在していなかったのだと改めて実感させられる。


「あれは……冒険者の人達?」

「その通りです。」


 王都の中心地であることを象徴する派手な噴水のある広場からすぐ近くにある荘厳な建物が、どうやら冒険者協会というものらしかった。

「(ん――あれは……)」

 冒険者協会の建物の方を眺めていると、まさかの見覚えのある赤茶髪の人物が出てくるところを目撃した。


「ルイスさん……?!」


 声をかけると、向こうも驚いて話しかけてきた。

「あ、ネールさん!!噂が入ってきていましたよ!魔獣を倒したのはネールさんだったそうですね!素晴らしい。いやーさすが白狼さんの……」

 ネールは、そうだと閃いた。

「あ、あの!ルイスさん!!お願いがあるんです……手紙を書くので、師匠の元に、届けてもらえませんか?!」

 そう言うとネールは、手荷物の中を探り、金貨を5枚取り出してルイスの手に手渡した。

「!!!……わかりました、ちょうど良い仕事が見つからなかったので、すぐにでも行ってきますよ。」


 ルイスは王都に在住する冒険者なのでこうしてタイミングよく出会えたことは本当に良かった。ひとまずの安堵を得て、ネールは国からの要望と先生から教えられることを順を追って学んで行く決心をした。――そうしたら、その後に師匠の元に戻ろう。



 ―――いつも通りの朝を迎え。そしていつも通り、先生と対談する。


 そして数日が経過した。その日の午前にやってきた来客は、国防の士官だという、女性の方だった。

「あなたが士官になってくれたら嬉しい」

 と笑いながら言う彼女の申し出は魅力的だった。そして話していて楽しかった。ネールの村では女性で戦術を学ぼうとする者は自分ひとりしかいなかったので、王都にいるといろいろな人と出会えて話せて楽しかった。


 本当に、たくさんの人から求められていることがわかってきた。

 ふと。この喧噪に触れて、師匠は私が戻ってくることを本当に望んでいるのだろうか?と気になった。

 世界は広い。こんなにも様々なものがあり、様々な人たちが行き交う都心部を見て、私でさえ、これだけの人に求められている。

 それなのに師匠は、厄介事がないようにそこから離れる決断をした人だ。

 私という厄介な人間も、慈悲で受け入れてくれただけだったのだ。

 ありがたいことに多くの人が何も知らなかった私が生きて行くために素晴らしい条件のもの提供してくれる。

 故郷を失ったネールに、これ以上もない事だった――


「だいじょうぶですか?」

「はい……なんとか。」


 午後になり、馬車に乗っていると、慌ただしくいろんな人と会って話をしているからだろうか、少し頭痛がするし、馬車に揺られて、吐き気が催してきた。

 これからネールは魔力値の測定というのを行うことになるらしい。それは、「風の魔法で魔獣を倒した」と噂されている為だ。

 ネールは自分で自分が、魔法を使ったとは思っていない。ただ師匠との修行中に編み出した技を使っていたつもりだった。

 そこで、魔法学会という、その立派な屋敷のような外見の建物の前で馬車が止まった。


 門の中へと入ると、豪勢なローブを着た人物が待ち構えてくれていた。

 ネールに親しみを込めて案内する人物は――柔らかな雰囲気を持った男性で、医者であり、癒しの魔法が使えるという。


「はい。終わりましたよ。やっぱり。ネールさんの魔力は一般の人より大分高い様です。一流の魔法使いみたいに凄まじい量ではないですが、これはそこそこです。」

 告げて来る医者の言葉に、ネールはそうなんだ、とただ感心するしかなかった。

 今使われた人体スキャン魔法でわかるのは魔力量だけではない。

「さすがですね、よく鍛え上げられています。一体どうやったらこのようになるのか……」

 たくさんの人々ををこうして魔法の力で見ていると、見なくてもよかったこともいろいろわかってしまう。

 既に慣れたことなので、なるべく不必要なことは語らないよう医者らしい顔で澄ませているが、気になったこともあった。

 ネールたちは、帰って行ったが、その後で、ネールという少女の詳しい境遇をもう一度訪ね、考えると、やっぱり話した方がいいのではないかと思い悩んだ。


 ネールが帰宅すると、豪勢な馬車が駐車してあり、邸宅の持ち主、宰相がやってきていた。

 初めに謁見の間でその姿を見たときには厳めしく怖い人物かと思っていたが、ネールに対してとても寛容な穏やかな態度で話しかけてきた。


 彼はこの国の政権を取り仕切ってきてかなり長かった。

 昔、攻撃魔法の牽制と、力の持つ魔道士の王都への滞在を取り締まるようになったのも彼の方針だった。

 しかしそのせいで国は弱体化。これを機会に、ネールに王国の軍隊に入ってもらい、立て直しをしたいという目論見がある。

 この少女の年はまだ若い。絶対に反旗を翻さないように、王立の物を固めて与え続ければ良いのだ。

 もし国内でクーデターが起きたときも、戦力がこちらのものとなるように。

 都合よく、この少女は強さだけはあり、物も知らず、経験も浅い。懐柔するのに打ってつけだった。


「どうでしょう?この邸宅はそのままあなたのものです。是非、まだ若いあなたに王立の騎士達の顔になっていただきたいのです」


 宰相は、その他にも、王宮への自由の立ち入りの許可、ネールの行きたいところ、やりたいことに際限なくできるように計らうと上級貴族の待遇そのものである条件で、王立騎士団の士官になって欲しいと申し出て来たのだ。


 しかしついこないだまで、一般人とごろか、戸籍さえなかったようなただの村の人間である自分に対して、いくら魔獣を倒したと言っても、国のトップの人間からこうもあまりにも好待遇で関心をかけてもらえるものであることに驚いた。

 ここまでよくしてもらえるのなら、一体なぜ、師匠は迫害を受けなくてはいけなかったのだろうか?


「それは、素晴らしく名誉なことですね……」


 宰相の提案のとある事柄から、ネールは少し心を動かされていた。

 もし私が国の人間になるのであれば。師匠がどうして迫害を受けなくてはいけなかったのか――

 どうしたら師匠の呪いを解くことができるのか知ることもできて、そうしたら私ではなく、師匠がこの国の英雄として、もう一度きちんと栄光を取り戻すことができるのかもしれない。


 会話の途中、ネールは額を抑え始めた。顔色が悪いことに先生は気が付いた。

「だいじょうぶですか?すみません、さっきからネールさんは、具合が悪いみたいで。」

「はい、ちょっと吐き気がしてきて……」

「それは大変ですね。王室直属のお医者さんに診てもらう様に計らいましょうか。……実は、王妃様ももう一度あなたとお話したいと申しておりまして。」


 この少女は真面目で好奇心が旺盛だと思える。権限を与え、勉強したらさぞ王国を守る使命感に燃えてくれるに違いない。英雄白狼の弟子だと言うことが気になったが、どうやらそれは二ヶ月にも満たない間柄だそうだ。

 一時的な成り行き的なものらしい。――それなら問題ない。都合の悪い情報をなるべく与えないようにして、都合の良い素晴らしい王国の知識を与え続るのだ。そしたら忙しさからきっと過去のこととして忘れて貰えるに違いない。


「……はい……そうですね。王妃様がそうおっしゃるなら。」


 そこに馬車がもう一台停車した。先ほどの魔法学会の回復魔道士の医者が追いかけてきたらしい。

 宰相との会話を遮り、医者がネールに、伝えそびれたことがあると告げた――



※ ※ ※



ルイスが白狼の元から王都に戻ってきた時、ネールは既に王都には居なかった。


ネールがどうしているのか冒険者としての人脈で聞き出したのだが、どうやら行き違いでネールはもう王都を発ったらしい。そしてその噂もしっかりと聞いた。冒険者の行きつけの酒場ではなんでも話が集まるものである。


 なるほど、やっぱり白狼さんのお嫁さんから金貨5枚は貰いすぎだと思ったんだよな。


 ――出産祝いは、盛大にして返さないと。




※  ※  ※


~あとがき & イラスト ~


https://kakuyomu.jp/users/Yellow32/news/16818792439087791272


※第33回電撃小説大賞の短編部門に応募予定で7話を3000字程大幅にカットしてます※


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