第四話

 師匠は、一人きりでの生活に慣れていたはずだった。それがネールと一緒に生活を始めたことには恐ろしく違和感がなかった。

 ネールは師匠と同じで、野性的ながら知恵が働き、物静かで似た性格をしていたせいもあるのだろうか。

 今やネールとの暮らしが当たり前のように思えつつあった。

「師匠。お水を汲んできました。」

「ああ。竈の横に置いておいてくれ。」

 まだ朝早いのに。随分と気が利く。なんというか、師匠への本気の尊敬の念がそうさせるのだろう。

「師匠。時間があるので……衣服をお洗いしましょうか?」

「……、いや、いい。」

 一瞬考えてから、ネールに履物を洗われるのかと思うと恥ずかしい。

 なんかネールの真心を感じて来る気がする、妙な気持ちがする。

 ネールの上目遣いから、強い好意を感じていた。

「あの……師匠……」

 その瞳に宿るものから、うっかりと鼓動が高鳴らされそうになるものがある。

「ん……もういいから、基礎訓練に励んでくれ。」

「……ハイ。」


 午後になり、ネールと手合わせをする。

 ネールの戦闘技術は、ずいぶんと様になってきた。


「では。全力で行きますね。……疾風切り。」


 二人は対峙して、ネールは凛とした笑顔で師匠へ向けて木刀を振り下ろした。

 師匠の身体の手前で振り下ろされた木刀から、風速の剣撃が前方へと飛び舞った。

 師匠はそれを自分の持っている木刀でガードする。

 やはりネールは、風を使うのが上手い。良い攻撃だ。

 気が付けばほとんど全力に近いくらいで、攻撃を防いでいる。

 悪くない。これならもうすぐにでも魔獣討伐に向かえるようになるだろう。

 だが。


「……隙がある。」

 師匠は攻撃を打ち終えたネールの背中に回り、木刀を打ち込んだ。

「ハ、ハイ!」

「おまえは攻撃は悪くないが、ガードが甘い。」

 魔獣の知性は人間には劣るため、そこまで狡猾な攻撃を繰り出してくるかはわからないが、詰めの甘さを無くすに越したことはない。


「幻歩角進」

 対峙していたネールの姿が消え、左右前後、どちらに移動したのか軌跡が見えなくなる。

 相手を惑わせ、死角から狙うための技だ。だが。


「甘い」

 ネールの居場所を捕えた師匠は、ネールの左わき腹へと打ち込みをする。

「くっ!!」


 よろけたネールは姿勢を立ち直し、ガードをとろうとするが、すぐさま反対の右腕へと打ち込まれる

「あっ!!」


「隙だらけだ。」

「ハイ……!!」


「今日はここまでにしよう。」


 結局、一撃も師匠へと見舞わせていないネールは全力で息を喘いでいた。


「……ハイ、ありがとうございました。」

 よっぽど疲れたのか、ぐったりとその場にへたりこんだ。


 自分の腕が及ばないと落ち込んだだろうか?

「ネール。お前の攻撃を防ぐには、俺もすでにかなり本気でいる必要があるようになってきた。あともう一歩のところだ。」

 ネールが師匠の所に来てから、一ヶ月ちょっと。

 ネールの実力の成長は著しく麗しい。かなりのものだ。


「……師匠の特訓が、すごく的確なおかげです。」

 師匠から言われたことに集中して腕を磨くだけで自分の中の可能性がみるみると引き出されるのを感じていた。

「誰でもそうって訳にはいかない。」

 ネールが。身を捨てる覚悟で全てを預けて任せてくるからだ。でなかったらここまで引き出されることはない。


「あともう少し。そうしたらすぐにでも、魔獣討伐へ向かえるだろう。」

「……はい。」

 どこまでもこの人に付いていきたい。

 師匠から貰える声掛けと態度の全てに。身を捧げたくなる程、嬉しくなってしまう。


 夜になり、ネールは温泉に浸かると、さっきの稽古で打たれた箇所がズキズキと傷んでいる。

 ああ。この痛みすらも嬉しく感じてしまう。

 ギュッと自分の身体を抱きしめて物想いに耽込んだ。

 ――どうしよう。私、師匠のことが好きだ。全部を任せてこのまま生きて行きたい。

 私、自分で言うのもなんだけど、良い身体をしていると思う。

 師匠は、魅力的だと思ってくれていないのだろうか?

 岩場の向こうの、反対側の湯に浸かる師匠の方をぼんやりと想いながら宙を見つめた。



※  ※  ※


 虫の羽音が僅かに聞こえる、穏やかな夜だ。

 師匠は、いつも通り、寝床で眠りに就こうとしていた。

 この小屋の作りは頑丈で嵐が来ても雨漏りもしない。快適な家だ。

 食材もよく採れる豊かな山林に住んでいる。

 衣服や少しの入用の物はたまに昔の知り合いに来てもらい、仕入れることもある。

 衣・食・住。何もかも満たされていて、特に不自由をしていることはなかった。


「師匠……」

 誰かが目の前の縁側から寝ている師匠の元へと訪れた。

「ネール……?」

 もちろんこんな山奥に、人間は他にひとりしかいない。

 起き上がった師匠に寝巻姿のネールが寄り添ってくる。


「師匠のこと……好きになってしまいました。好きに、扱っていただけませんか」

 ネールが寝巻の前側をはだけると、瞬時に眉目麗しい胸と局部も全てが露わになった。


「な……」


 生活で満たされていなかった唯一のモノが目の前に差し出され、放心させられる。理性が奪われて思考が停止し見ることが抗えない感じがしてくる。

 ――わかってやがる。自分の身体が、好きに扱いたくなる身体だということを。

 ネールが迫ってくると、足の間の逸物が即座に天を向き、強く脈を打って息を喘ぐことが止められなかった。


「好きなんです、師匠。」

 顔も可愛い。

「ちょっとまて、だから……、」

 言葉が一瞬詰まり、なんとか言う事を考えた。


「ネールは……それで構わないのか」

「師匠……」

「魔獣の討伐は諦めて、俺と子供と、ここで暮らすのか。」

「…………。」

「今は、自分の実力を磨くことに集中しろ。」

「はい、師匠、申し訳ありませんでした。」


 ネールは、ペコッと頭を下げて、気まずそうに、そそくさと自分の寝床に戻って行った。

 危ないところだった。

 特に自分で慰める行為をすることもなく、耐性がないせいか既に射精感がこみあげてきていることに頭を抱え込みながらなんとかもう一度寝床に入り込んだ。

 朝方が近くなり、また縁側の向こうから音が聞こえる。どうやら人影がこちらにやってくる。

 物音に気が付いて目が覚めた。まさかと驚いて瞬時に叫んだ。


「ネール……ッだから、子供ができたらまずいと言って……」


「ザナックさん。おひしぶりです。僕です。」


 男の声が応じ、引き戸を勢いよく開けた。

 ネールの師匠で、白狼と呼ばれている男――彼をザナックと呼んだ男は訂正した。


「すみません、今は白狼さんでしたね、名前で呼んで申し訳ありませんでした。」

 彼が英雄となった時。彼の存在に畏怖を抱き、本名で呼ぶという無礼を避けるため、新たな名が授けられた。それが白狼という名だ。


「ルイス……何の用だ」

 平静を装いルイスと呼んだ男に問いかけるが恥ずかしい。少し赤面している。


「ええと。いつも通り、差し入れの穀物を持ってきましたよ。あとお酒もあります。それから……」

 ルイスと呼ばれた男は、手持ちの穀物の積み荷を縁側に降ろし、そして告げた。


「ノーイ村に続いて、ユコック村。魔獣に襲われたそうですね。」




※ ※ ※


4話 あとがき & イラスト


https://kakuyomu.jp/users/Yellow32/news/16818792438881810534

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