第3話 聖女の来訪
昼下がりのトルナ村。
村の入口に、見慣れぬ白い影が現れた。
畑仕事をしていた村人たちが、次々と鍬を止め、ざわめきが広がる。
陽光を反射する銀の十字飾りが、一瞬だけ人々の目を奪った。
それは遠くの王都から来た者の証であり、この土の匂いのする村には似つかわしくない輝きだった。
風に揺れる純白の外套。
ルミナ・フェンリースは、警戒の視線を受けながらも、迷いなく村の中央へと歩を進めた。
「……この村に、もう一人の王がいるはずです」
門番役の男に告げると、彼は顔をこわばらせ、短く首を振った。
「余計な詮索はしないでくれ。あんたが聖女でも、ここは辺境だ」
そのやりとりを遠くから見ていたアレンは、彼女の言葉に引っかかった。
“もう一人の王”――それは、自分のことなのか?
昨日までただの鍛冶屋の息子だった自分が、王だと? 馬鹿げている。
だが、その瞬間、耳の環が脈打つように熱を帯びた。
低く澄んだ鐘の音のような響きが骨の奥に広がり、胸の鼓動と重なる。
その日の夕刻、鍛冶場の炉は赤く燃えていた。
父ガロンは黙って火を見つめ、やがてアレンを残して外に出る。
何かを言いかけたが、炉の火を見直し、結局飲み込む。
ルミナが現れた。
「あなたの耳飾り――王家の環ですね」
「やっぱり、これ……何なんですか?」
「説明はできます。でも、その前に……」
外から慌ただしい叫び声が響く。
「まただ! 森沿いの家がやられた!」
森の手前、小屋の前に武装した盗賊が数人。
荷を奪い、家人を脅している。
「村人に手を出すな!」
アレンの声は、自分でも驚くほど力強かった。
踏み込む足、握った鉄棒――耳飾りが再び脈打ち、低い鐘の音が響く。
その瞬間、腕が導かれるように動いた。
刃が振り下ろされる。
ルミナが同時に盾を広げ、光と鉄が同じ一瞬に盗賊を押し返す。
「下がって!」
「お前こそ!……俺の後ろは危ないぞ」
「そっちこそ!」
不器用なやりとりに、わずかに笑みが混じる。
「何だあの光は?」
「聖女だと? こんな辺境に?」
盗賊たちの顔に動揺が走った。
そしてアレンの耳元で淡く明滅する金の線を見て、一人が息を呑む。
「まさか……王家の……」
形勢を悟った盗賊たちは、森の闇に溶けるように退いた。
怯える村人はいたが、幸い誰も怪我はない。
帰り道、アレンは胸の奥に奇妙な感覚を抱いていた。
誰かを守るために、この力を使った――初めての感覚だった。
「……ありがとう」
ルミナの声は、炉の火の温もりのように残った。
振り返ると、月明かりの中で彼女の瞳にも星の光が揺れている。
もしかすると、自分たちは同じ運命を背負っているのかもしれない。
その時、村の向こうから馬蹄の音が近づいてきた。
急ぎ駆けつけた使者が、息を切らして告げる。
「王都から急報です! 聖女様を捜しております!」
ルミナの表情が曇る。
夜風が冷たく感じられた。
――その冷たさは、嵐の前触れのようでもあった。
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