第七話:蘇生の奇跡

2018年1月15日

避難民の少女・小林 花

崩壊した都市の一角


瓦礫の山と、黒煙が上がるビル群。

けたたましい警報が鳴り響く中、避難民の集団が、消防隊員の誘導に従って移動していた。その集団の中に、八歳の小林 花こばやし はなと、その両親がいた。


「花、しっかり手を繋いで! はぐれちゃだめよ!」


「うん…」


花は、母親の手をぎゅっと握りしめながら、物陰から遠くの戦闘を見つめていた。彼女の小さな手の中には、お守りのように、特撮ヒーローのブレイブライザーフィギュアが握られている。

遠くで、ブレイブライザーが、禍々しい姿の悪役デス・イーターと激しく戦っていた。閃光が走り、爆音が轟く。

デス・イーターの猛攻に、ブレイブライザーは追い詰められているように見えた。


「がんばれ…ブレイブライザー…」


か細い声で、彼女は呟いた。その瞳には、恐怖と、それでもヒーローを信じる強い光が宿っていた。


だが、花の応援も虚しく、デス・イーターの放った渾身の一撃が、ブレイブライザーの胸を深々と貫いた。

ブレイブライザーの動きが、止まる。

「あ…」

ブレイブライザーの体は、ゆっくりと光の粒子となり、サラサラと砕け散っていく。そして、空中に霧のように消滅してしまった。

彼女のヒーローが、目の前で完全に「死んだ」のだ。


周囲の避難民たちからも、悲鳴と絶望のため息が漏れた。

「ブレイブライザーが…負けた…」

「もうおしまいだ…」

花の瞳から、大粒の涙が溢れ出す。握りしめたフィギュアが、手のひらに食い込む。


「うそ…ブレイブライザー…」


彼女はその場に崩れ落ち、嗚咽を漏らした。世界から色が消え、音が遠のいていくような、子供にとっての絶対的な絶望だった。


花が泣き崩れていると、ブレイブライザーが消滅した場所に、変化が起きた。どこからともなく、無数の白いモヤが渦を巻くように集結し、眩い光を放ち始めたのだ。

花の父親が、空の光を指さす。


「おい、あれを見ろ!」


光は、みるみるうちに人型を象っていく。

光が収束すると、そこには、以前よりも遥かに輝きを増したブレイブライザーが、堂々と立っていた。胸のエネルギーランプはより明るく、全身から力強いオーラを発している。

花は、涙を拭った。


「ブレイブライザー…!」


絶望から一転、歓喜の叫びを上げる花。周りの人々からも、驚きと興奮の声が湧き起こった。

「生き返った…!?」

「蘇生だ! ヒーローが戻ってきた!」


復活したブレイブライザーは、デス・イーターに猛然と襲いかかった。その動きは、以前とは比べ物にならないほど速く、強力だった。デス・イーターは為す術もなく、ブレイブライザーの放った必殺の光線を浴び、大爆発を起こして消滅した。


ブレイブライザーが勝利のポーズを決めた、その時だった。

デス・イーターが倒された際の爆発の余波が、予想以上に大きく広がり、衝撃波が避難民たちを襲う。

花の母親が叫ぶ。


「危ない!」


衝撃で、近くのビルの壁が崩れ落ち、瓦礫の雨が降り注ぐ。花は、その瓦礫の直撃を受け、地面に倒れた。


「花! 花ーっ!」


母親の悲痛な叫び声。花の体からは力が抜け、視界が急速に暗くなっていく。痛みと共に、彼女の意識は薄れていった。

ママ…パパ…。

死の闇が彼女を包み込もうとした、その瞬間。

どこからともなく現れた、温かい白いモヤの粒子が、彼女の体を優しく包み込んだ。痛みは消え、まるで心地よい眠りに落ちるような感覚に襲われた。


花が、ゆっくりと目を開けた。

見慣れない天井。消毒液の匂い。そこは、避難所の仮設ベッドの上だった。

隣には、泣き腫らした顔で、心配そうに彼女を見つめる両親の姿があった。


「花! 良かった…目を覚ましたのね…!」


母親は、花を優しく抱きしめる。父親も、涙を堪えながら花の頭を撫でた。


「私…どうなったの…?」


「あなたは…奇跡的に助かったのよ。お医者様も首を傾げてたわ。白いモヤが…あなたを守ってくれたのよ、きっと」


花は、自分の体を見た。どこにも怪我はない。そして、自分の右手に、まだブレイブライザーのフィギュアが固く握られていることに気づいた。彼女は、そのフィギュアをそっと胸に抱きしめた。


この日、一人の少女に起きた奇跡は、世界の「死」の定義を永遠に変えた。命は失われても、取り戻すことができる。白いモヤがもたらしたこの新たな理は、人類に計り知れない希望を与えると同時に、やがて来るべき「魂の時代」の到来を静かに告げていた。

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