第3話 武器屋
「うわーすげー……!」
ドドドドッ、と連続的な轟音、その音の出所を、ライオは目を輝かせながら見上げていた。
壁のような塔、その根元部分。
もはや巨大な壁が、目の前に立ちふさがっているようにしか見えない。
天涯の塔の根元、そこから一キロほど離れた位置――――宿屋からちょっと離れたところに、ライオは立って目を輝かせていた。
「何、また塔のデカさ見てびっくりしてるの? 昨日さんざん見たでしょ」
「いや、ちげぇよ。あれだよ、アレ。見ろよ」
ライオが指さす先、それは塔の外壁の、地上から少し上の部分だった。
そこに、巨大な重機のようなものがとりついている。
よく見ると、それは地面からの数本の支柱で支えられた箱型のようなもので、どうやら音はそこから出ているらしかった。
「あれ、塔の掘削の機械だよな? すげーでけぇー! 初めて見た!」
「あ、あれがそうなんだ」
へー、とエナは感心して見せた。
「ちょっとずつ横に動いてるのってそういうことなんだ」
注視すると、その大きな箱――塔に比べれば微々たるものにしか見えないが――は、少しずつ、左へと滑るようにして動いて行っているのが分かる。
「あれが俺たちのライセンスの材料なんだよな!? くーっ、まさか塔からライセンスができてるなんて、ロマンしかねぇっ……!」
「でも、ぜんぜん削れてるようには見えないけど……?」
おっきい音はしてるけど、横にずれた部分にはなんも残っていないし、跡ができているようにすら見えない……。そうエナは思った。
するとライオが声を張り上げた。
「そりゃそうだ! あの塔が今の人間の力ですぐに壊せるわけないだろ! 表面をちょっとずつ機械の力で削り取ってんだよ! 本当に舐めるようにしか取れてないけど」
「でもそんな、ライセンスにするくらいの贅沢な量が取れるものなの……?」
「さあ、そこまでは……」
「あっ! お二人とも、いたっ!」
二人が塔を見つめていると、ここ数日間で聞きなれた声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにいたのはシーズだ。
「お二人とも、明日になるまで宿で待機って言ったじゃないですかっ! 勝手に街に繰り出しちゃだめですよっ!」
むっ、とライオは残念そうに眉をしかめた。
「はあ、はーい。時間切れだな~~~」
「うん。帰ろっか」
同調するように、エナもため息をつき気味に答える。
「もう、本当にお願いしますよ……。お二人に何かあったら、せっかんを受けるのは私なんですからねっ……!」
二人の元に駆け寄って来て、息を切らしながらシーズはそう言った。
「だって我慢できなかったんだもん。宿つまんないし、しかも塔がそこにあるってんなら見に行かないほうがおかしいだろ」
「そうそう。ライオの言う通り」
うんうん、とエナは首を縦にる。
「はあ……焦らずとも明日には塔に入れるんですから、お願いしますからじっとしててくださいよ……」
「明日行くのは塔の内側だろ? 外側は今のうちにしかじっくり見れないじゃんか」
「そうそう。その通り」
「なんかお二人とも、塔のことになると急に息が合いますよね……」
はあ、と走ってきたためにずれた眼鏡を直しながら、シーズは姿勢を正した。
「しかも夜側近くは暗くて危ないって言ってましたのに、なんで来ちゃったんですか……」
「先にシーさんは昼側の方探すかなと思ってこっち来たんだよ」
ライオはさも当然のようにそう答えた。
「ほんとにそう言う悪知恵は働きますよね……本当に昼の方を一回探したんですよ」
そう言って、再三のため息をつく。
――今度から宿の場所、変えたほうがいいだろうか……。
シーズはそう思った。
塔周辺には大きく分けて昼側と夜側の二つがある……が、細かく分けると四つに分けられている。
太陽が出ている間はずっと日の光にさらされるのが『昼側』、季節によって変わるが時間によって当たったり当たらなかったりする場所を『境目』、太陽がどんな角度になってもずっと真っ暗闇なのが『夜側』と呼ばれる。
今回子供たちが止まる宿は、昼と夜のちょうど境目あたりの、若干昼側よりの場所にあった。
「はあ………」
シーズは大きなため息をついて、ふにゃりと自分の体から関節から力が抜けるのを感じた。
「わかりました……ちょっとだけですからね。わたしと同行で三十分ぐらい町見て回っていいですよ」
まあ、ずっと押し込めてまた抜け出されるよりはまだマシか……。シーズはそう考えた。
すると、二人は目に見えて顔をぱあっと輝かせる。
「マジで? やった!」
「わーい、見よういろんなところ!」
「その代わり、終わったら今日はおとなしくしてくださいね。あっ、ちょ待っ!」
シーズが止められぬうちに、すでに二人は走りだしてしまっていた。
「んもーーーーー!!!」
若干キレながら、シーズは二人を追いかけていった。
「すげー、この島の街って、いろいろでっけぇな……」
塔からは離れ、三人が歩いているところで、ライオはそう言った。
「うん、私の港町に一個あったかってくらいの石造りの建物が沢山建ってる」
その横のエナも、同じように感嘆する。
「本当に塔の麓の街ってお金持ちなんだね、シーさん」
「はあ、はあ、足速……まあ、この街も塔の冒険からの収入で、はあ、儲かってるらしい、ですから、ぜえ」
今、三人が歩いているのは小さな道の中だった。
左右を見回すと、そこには四階建てほどもある石造りの建造物。
「ただでさえ塔があんのに、もう空が狭いな」
向こうの方を見てみても、ずっとそれが続いていた。
「あ、ライオ、あれ見て」
「ん?」
エナが、とある場所を指さした。
「なんだ? え……っ、と」
「道具屋さんだよ! 見に行きたくないの?」
「えっ、マジ!? 行く行く!」
「あっ!? 二人とも!?」
再び二人は駆けだした。
だだだっ、と子供特有の素早く軽快な身のこなしで路地を踏破し、そして飛び出したのは大通りの中。
そこにはたくさんの人々。
石が敷き詰められて作られた広い道には、荷車の往来もあった。
その間を小さい体はするするとすり抜け、道路の向こう側の店へとあっというまにたどり着く。
そしてお構いなしに、『道具屋』の看板のかかっている扉をこじ開け、バターンと中に滑り込んだ。
「すみませーーん、ごめんくださーーーーい!」
「わたしもごめんくださーーーーーーーい!!」
二人の子供の元気のいい声が、空間の中にこれでもかというほどに木霊した。
そんな二人が飛び込んだ場所は、二階が吹き抜けになった石造りの建物だった。
そこに店主らしき姿は見られない。
しかしライオはお構いなしに、その中を見渡した。
いろいろなものが、壁に、天井に、いろんなところから吊り下げられている。
どれもよくわからない。ツルハシのように見えるものもあれば、ただの棒のように見えるものもあるし、剣のように見えるものもある。全く用途のつかめないものもあった。
しかしどれもが縦長で、おそらく手にして振るためのもののように見える。男の子の本能はそれらを『武器』と察し、『かっこいいスイッチ』を全開にした。
「うおーーーーっ! すっっっっげぇーーーーーー!!!!」
ライオの絶叫が、店の中に木霊した。
その時、ドタバタと、奥の方から音が立った。
そして、店のカウンターの向こうの扉がガチャリと開く。
飛び出てきたのは、一人の老人だった。
老人は目を丸くし、二人の小さな来客に目を向け、不思議そうに眼をしばたたかせた。
「なんだ、びっくりした。来客か」
「あ、すみません、うちのライオが。ほらライオ謝って」
「保護者かよお前は。店主さん、びっくさせてすみません」
素直に、ライオはぺこりと頭を下げた。
「あーいやいや、いいんだ。びっくりしただけだから」
老人は二人を手で制して、一転して笑顔になってそう言った。
「それにしてもずいぶん小さなお客さんだな。冒険家か? 二人とも」
「あ、はい。ライセンスです、これ」
「わたしも」
二人は老人のカウンターの方に近づいて、ポケットから取り出したライセンスを提示した。
老人はそれを受け取って、表裏をしっかりと確かめて、それから口を開いた。
「うむ、確かに。れっきとした冒険家みたいだな、お二人とも。返すよ」
二人にカードを戻し、それから老人は続ける。
「それにしてもまた協会は年齢制限を引き下げたのか。おかげでうちも商売あがったりだな」
「え? どういうことですか?」
エナが質問をする。
「ん? 気になるのか? それは――」
その時、ガチャリと入り口の扉が開いた。
「おっ、おふたりともーーーーっ! いい加減にもうはしるなーーーーーっ!! ぜえっ、はあっ!!」
やってきたのは、シーズの絶叫だった。
眼鏡を何とか抑えて、膝に手をつきながらも叫んでいた。
「「あ、シーさん」」
二人は声をそろえてそう言った。
その一方で、店主は再び目を丸くする。
「うわっびっくりした。最近はなんか騒がしいのが多いな」
「あ、店主さん!? すみません、お騒がせして。ちょっと二人とも、勝手にこういうところに入っちゃダメでしょ!?」
いよいよ辛抱ならんという様子で、シーズは二人にずかずかと近づいた。
「おお、お前さんも冒険家か。ずいぶんと珍しいなぁ、若すぎもせず古すぎもせず」
「え? 私ですか? あ、はい。冒険家です」
きょとん、とシーズは首をかしげる。
「かなり優秀な部類と見える。名前はシーというのか?」
「えっ……? いや、シーズです、けど……?」
あれ……と、シーズは違和感を覚えた。
老人が、自分をじっと見てきている。
そして、初めて自らもしっかりと老人の顔を見た。
髭も髪も長い人だった。伸びっぱなしと言うわけではない。ちゃんと手入れされて、切りそろえられているのが分かるくらいには。その中で、なお長い状態だった。髪は首の後ろを通っておそらく背中に垂れ、またいくつかは肩にかかっている。髭の方は、顎の下まで伸びて、首の輪郭を隠しているほどだった。
だから清潔感を感じない。しかし汚いというわけでもない。どういえばいいのか、強いて言うなら普通、しかし普通と言うにはあまりにも違和感があるようにも見えた。
その老人の白い眉毛の下からのぞく黒い目が、しばらくじっとシーズを眺めていた。
なんだろうこの人は。と、シーズは眉根を寄せた。
「あ、あの……?」
すると、老人はぱっと笑顔になった。
「いや、これは失礼。ずいぶんと珍しかったもので。年は二十あたりかな? その年でまだ冒険家が続いているのか」
「まあ、はい……」
「そうか。殊勝なことだ。それで、なにが欲しい? 子供に売れるものは少ないが、お嬢さんに売れるものはいくらでも取り揃えているよ」
「あ、いや、買い物に来たというわけじゃなくって……」
「うおおおおっ! すっげぇぇぇぇぇ!?」
「うわっ何!?」
シーズが振り返ると、やはりそこにはライオがいた。
「なんだこれ!? すっげおっも!」
「ちょっと、勝手にそう言うの取っちゃ……え、なにそれ……?」
声をかけて止めかけたエナはそれを見て、目をしばたたかせた。
すると老人がライオに近づき、その細い筒を手にする。
それは、ライオの身長ほどもある、細い金属製の長い筒のようなものだった。
その渡りの半分は、黒色の金属製の筒で出来ている。しかし、その後ろの方はいくつかが木材でおおわれているようにも見えた。
「じいちゃん、これ何?」
ライオがそう聞く。
すると老人はにっこりと笑って、口を開いて説明を始めた。
「これは火薬式の銃じゃ。骨董品だ。木と金属の組み合わせで出来ている。冒険の使い物にはならんから、そこに置いといたんだ。もっとも骨董品としてもありふれておるから、価値は低いがね」
そう言いながら、老人はごとりと銃をもとの棚に戻した。
それから、別の棚に向かい、何やらごそごそと探し始める。
「冒険に使うなら、こっちの方がいい」
そう言って、棚から取り出したものをライオに手渡した。
「これも銃?」
横からのぞき込みながらエナが聞く。
それは大人の手にも納まらないほどの、ずっしりと重い彫刻品のようなものだった。
「こっちの銃の方が幾分か使い物になる。空気圧式の拳銃じゃ。わしの若いころはこれが現役じゃったな。火薬いらずで弾さえあれば何発でも撃てるからの」
「すげぇ、実物初めて見た……!」
ライオは目を輝かせた。
そしてかちゃりと銃を手にして構えて、ばっと前に突き出してポーズをとって見せる。
「どうエナ!? めっちゃかっこいいだろ!?」
「すっご、いいな……! ねえおじいさん、私のもない?」
「あるぞ。お嬢ちゃんにはこっちの方がいいな」
「えっ、あるのっ!?」
顔をあかく染めた小さな体が、ぴょんぴょんと地面を飛ぶ。
そんな彼女に老人は、ライオのものより一回り大きな拳銃のようなものを渡した。
「わっ、なにこれっ」
「えーっ、なにそれエナずるっ、かっこよっ!」
「うわ、これって……」
ライオに続いて、シーズも声を上げた。
まるで芸術品のような流線形。青、黄、赤、地色の銀の四色で構成される、スタイリッシュな造形。
総じて男女問わずの、
大きさは、エナの小さな手にはグリップまででいっぱいいっぱいと言った様子。そこから指を精一杯伸ばしても、銃爪にはとどかない、ライオの拳銃よりも一回りも大きいもの。
「
まるで夢でも見ているかのように、シーズはうつろに呟いた。
それに続くように、ライオの絶叫が響いた。
「すっげ、かっこよ……! 銀が地色とかかっこよ……! 発射するとこは赤色になってんのか……! 青の塗装かっこよ……!!!」
「あの、店主さん、こんなものどこで?」
すこし焦るように、シーズは老人に聞いた。
「これ、協会の支給品です。市には降ろされていないはずですが」
「いや、一昔前の
「「ほわーーー……!」」
ライオとシーズは目に星を浮かべ、その超かっこいい銃にこれでもかと見入っていた。
「そんなふうにみられると武器屋……じゃなくて道具屋みょうりに尽きるな」
「あ、やっぱり武器屋だったんですか」
そういえば、と言うふうに、シーズは聞いた。
「ああ。協会の変な取り決めで民間事業者は武器売るなっていわれてるからなぁ。もちろんそんな話聞く奴なんかいない。だから道具屋とか骨董屋でこそこそ売ってるんだ。まあそもそも今の時代はもう武器屋は来る人なんていないし、協会も黙認してるんだろう」
「あの、私も一応協会の職員なんですけど……」
「告発するぐらいの勇気はないだろ、お嬢ちゃん」
「……はいっ……」
ぐっ、と唇を結んで、悔し涙をこらえながらシーズは言った。
――情けない……。
そうシーズは思った。武器屋の告発なんかしてしまったら、それ以降一生を背中に気を付けて生きていかなければならなくなる。
そんなシーズをそっちのけに、老人は銃に目を輝かせる、二人の子供たちの前に出た。
「どうだ、小さな冒険家たち。こいつぁ優れものだ。見ろ、ここに一つのマガジンを挿入すれば、それだけで十五発はタダで撃てる。しかも一発一発が必殺の威力だ。木は倒れ、地面は焼け焦げ、人に撃ったら一秒で消し炭だ」
「すっげぇ……!!! じいちゃん、俺これ欲しいっ!」
「あっ! ねえ、わたしがもらったものなのにっ!」
すると、老人は胸を反らして笑った。
「はっはっはっ、いいよ、お嬢ちゃんにやるよ。今日日こんなもの売れる相手なんてそうそういないからな。好きに持っていけ。払う気になったら出世払いで頼むぞ」
「えーーーっ!? いいの!? ほんとに!? やっっっったぁーーーーーっ!!」
銃を手にして、ぴょーーーんと大きく、エナは跳ねて見せた。
「むーっ、俺も欲しかったのにーっ!」
ライオがぐーっとほっぺたを膨らませる。
その傍に、老人はしゃがみこんだ。
そして、ライオの手にある銃をすっと持ち上げて見せる。
「お前さんにはこっちをやる。なあに、旧式だからって甘く見ちゃあいかんぞ。こいつは
「えっ……!」
ライオの頬の色がすっと赤らみ、明らかに顔色が変わった。
「考えても見ろ。すげえ音だ……そしてすんげえ威力だ……。凝集光銃は何もかも好き勝手に焼き尽くしちまうがな、こいつは吹っ飛ばすんだ。リンゴに撃ったら木っ端みじんだ。こわあい動物に撃ったらその脳髄をぶっ飛ばせる。どうだ、こっちのがお前さんに会ってるとは思わんか?」
「うっ、うん……! 俺こっちがいい……! 静かなリーズガンなんてべつにいいもんねーっ!」
「ちょっと、煽らないでよ! こっちの方が絶対に強くてカッコいんだから!」
「何言ってんだよ! そんなにデカいのエナに使えるわけねえだろっ! こっちの方が実用的なんだ! 絶対こっちのが強い!」
「なによーーーーっ!」
チャキっ!
「うおおおお待てそれシャレにならんから!!?」
銃を向けてきたエナに、ライオは本気でビビッて後ずさりした。
「はっはっはっはっ! 冒険家として実にイキがいいのお。そんなやたらめったら銃ってもんは振り回すもんじゃないぞ。いざって時に使うんだ」
そう言って、老人はエナに手を差し出した。
「来い。まだ使い方を教え取らんかったな。いろいろと手取り足取り教えてやる」
「えっ、いいの?」
ライオが老人に近寄りながらそう聞いた。
「もちろんじゃろう。使い方を教えんでそのまま売り払う馬鹿がどこにおる。まずはお嬢ちゃんの方からだな。まずこっちをどうにかしないと町一つを焼き尽くさん勢いじゃ」
「むっ……」
「恥ずかしいなら最初からやんなよ……」
顔を赤らめるエナを、ライオが細い目で見る。
対するエナはまたいかりはじめた。
また彼女の手が閃きそうになる。
「むっ!」
「うわっ、だから銃向けんなって! 死ぬぞ!? 俺が!!」
「はっはっ、これこれ。ていうかそのまま銃爪を握っても撃てんぞ」
「え、そうなの?」
エナは目を丸くして、老人を見た。
ライオは顔を青くした。
「お前ほんとに撃てると思って俺に銃向けたの……?」
出会ってからの今までの中で、ライオはこの瞬間に一番肝を冷やした。
「ほれ見ろ、グリップの上の方にスイッチが付いておる。今は『安全』に向いとるな。これを『解除』に向けてみろ」
「うん」
カチリ、とそれをエナが『解除』に向けた。
瞬間、老人はその銃をエナの手から取り上げた。
「わっ」
エナが驚きに声を上げた途端。
瞬きの間に、トリガーを引いた。地面に向かって。
閃光。
その場にいた全員が目を閉じた。
その直後にバリバリバリっと天をつんざくような音。
「きゃっ」
エナは耳を塞ぎ、ライオは後ろに飛びすさって背中から着地した。
「ぐっ……!」
ほんの刹那の突風が吹き、その場の虫より軽いものが地面にひっくり返る。
一瞬の出来事だった。
唯一微動だにしなかったシーズは、その場から全く動けず、なにがあったのかを何とか目にした。
そして、腹の底に絶対零度が生まれたかのような感覚を憶えて、震えることすらできなかった。
地面に、穴が開いていた。
人間の頭ほどの、大きな穴が一瞬で。
木の床を一瞬にして昇華し炭素に変え、それすらも貫き地面を蒸発させ、それらのそれだけのプロセスが、たった一度トリガーを引いただけですべてが終わった。
「うわーっ、びっくりした……」
そして、当のトリガーを引いた老人は、蒸発の衝撃で、後ろ向きにひっくり返っていた。
「あ、あの、店主さん、なんであなたが一番びっくりしてるんですか……?」
シーズが小さな声で、うかがうように聞く。
ごろん、と体制を元に戻し、老人は床に座りなおした。
「ふー、いや、危険性を教えとかないとって思って……。やらなきゃよかった。床めちゃくちゃになっちゃった……」
「え、いや、やったのあなたですよね!?」
「だって初めて使ったんだもん……」
「じゃあやらないでくださいよ!?」
「ほ、ほんとごめん」
二人がそんなやり取りをしている横で、エナはへなへなと床にへたり込んでしまった。
「エナ? 大丈夫か?」
ライオが立ち上がって、後ろから彼女の顔を覗き込む。
エナは、ただぎゅっと胸の服を握り締めていた。
「す、すごい……」
ぽつりと、そう呟いた。
「……俺、この銃でいいや……」
ライオは、自分の手中にあった黒玉色の銃を見てぎゅっと握り締めた。
それから、老人がエナに顔を向けた。
「腰を抜かしてしまったようじゃの」
老人の顔は、かすかに口端が上がっていた。
「う、うん。すご、すぎて」
それから、老人はまた続ける。
「どうじゃ、この銃が怖くなったか?」
そして、にやりと口端を上げた。
「……ううん。ほしい」
ふるふると、小さくエナは、首を横に振った。
「そうか」
にっこり。満面の笑みを浮かべて、老人は笑った。
そして、その銃をエナへと差し出す。
「じゃあ、これはお前さんのものだ」
「う、うんっ!」
老人が向けたその銃を、エナは嬉しそうに自分の手にした。
こうして、二人は自らの最初の武器を手に入れたのだった。
「あ、でもやっぱり床代だけ払ってもらっていい……?」
「やったのあなたですよね……?」
なおも未練がましい老人を、シーズは細い目で見た。
幕間
ライオの場合。
「――で、再装填はこうするんじゃ」
「ほえー、結構複雑」
「それで、お前さんの方の銃の実演はいるかね?」
「いやっ! いいですっ! 自分でなんとかしますっ!」
「ほっほっほっ、そうかそうか」
武器
空気圧式拳銃(民間性)
数十年前までほとんどの冒険者たちが使っていた、火薬式の銃に代わった当時としては革新的な銃。火薬いらずで銃弾がコンパクトになるし、変なにおいもしないしでいろいろと便利だったとされている。電池式なので数十発撃つごとにこまめに変える必要があるため、出てきた当時は火薬式派と空気式派の間で『結局手間増えてんじゃねえかよ!』『それはそっちもだろ!!』論争が起こったという。
なお、普通の物質だと発砲の際に圧縮室がぶっ壊れるため、塔から取得した技術が一部使われているらしい。
今でも腕利きの冒険者たちが多く使っているという。
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