第14話 時さえも支配する、蒼い焔の右眼
静かな怒気を漲らせて周囲を凍てつかせている乱に、三兄弟は怯えて後ずさりながらも、長男坊が冷や汗を流しつつ粋がった笑みを浮かべる。
『へ、へへへ……こんなこともあろうかと、こっちゃ準備してきてんだよ。オォイおまえら、出番だ! やっちまえぇ~い!』
合図と同時に、建物の影にでも潜んでいたのか、武装した十数名がずらりと並ぶ。この辺りを縄張りとする
『こやつが有名な〝悪童〟か。じゃがこのような田舎で大げさに呼ばれておっても、
『そんな田舎剣流でも道場主だとか? ほんだらここで派手に討ち取っちまえば、おいらでも道場開けちまうかもなァ、ケケケ』
『曲者じゃ、出合え~い! やっぱこれ言っとかにゃ調子でねぇよなァ~』
ならず者たちの得物は刀のみならず、遠間から狙える槍や、
落ち目の商家の跡取りにしては良く揃えたもの、合戦さながらの様相だ。
そして数名の刀使いに遮られた、最も後方に――十把一絡げのならず者とは異なる、整然とした剣士が佇んでいる。
『〝悪童〟か……出来おる。どこにでも
この連中の頭領だろう。浪人者には違いないだろうが、多勢を恃んで勝ち誇る他とは違い、油断もなく腕が立つ様子だ。
これは、道場で殺傷力を削いだ得物を用いて行うような、稽古とは違う。真剣を用いる相手が、しかも十数名、ただそれだけで神経を削られるはずだ。
しかし乱は物怖じせず、面倒くさそうに「はあ」とため息を吐くだけで――刀を握らぬ左手を、自身の顔へと無造作に近づけた。
「やれやれ、こんな無駄に金を使うから、商家も落ち目に遭うんじゃねぇか。
『しゃらくせえ~! ええい、やっちまえぇ~い!』
『この人数差で
『道場のお遊戯と実戦は違うんじゃい、こっちこそ教えてやんよ、派手好きのお坊ちゃん!』
口々に喚きつつ、ならず者たちが得物を閃かせて迫る。
その破竹の勢いに、おとなしい性根の雪は気圧されながらも、対峙する乱の身を気遣った。
「ら、ランさま! 危険です、お逃げくださいっ……
「下がっていろ、ユキ――こいつを預かってな」
「へ……ひゃっ!? え、これは……眼帯?」
それは確かに、乱の右眼を常に覆っていたものだった。例の隠れ家で
迫りくる凶刃を前に、乱はまだ、右眼を開いていない。右手を刀の柄にかけている以外は、構えすら取らず、ほぼ棒立ちだ。
無防備、そうとしか見えない〝悪童〟に、刃は得意になったように勢いづく。
勝利を確信し、気の早い笑みまで浮かべている、悪漢たちが――
――乱が開いた右眼に、蒼い焔の閃きを見た。
『……ヒッ!? なん――だ――』
『コイツ、のォ――目――へ――ん――』
『―――ど―――お―――なァ―――』
右眼を開いた瞬間から、乱の時間は、凝縮されたかのようだった。
周囲で動くもの全てが、
叫び声すら間延びして聞こえる世界で、普段通りに知覚しうる乱だけは、殊更に緩やかな動きを心がける。修練してきた剣を、型を確認するため、精妙になぞるかの如き動作だ。
一閃、ならず者の握る刀、その柄を斬り裂いた。
一閃、伸び来たる槍の穂先を斬り払い、高々と撥ね飛ばした。
一閃、鎖分銅を剣先で、絡んだ糸を
一閃、遅れてきた未熟の刀を弾き飛ばし、一閃、飛来する矢を叩き落とした。
計、五閃、あっという間にならず者どもの戦闘手段を奪い、唖然とさせる。
確認するように振り返った乱の右眼を、雪の赤みがかった瞳は見た。
「! ランさま……右眼に……蒼い、焔が?」
蒼い焔、そう形容するしかないほど、乱の右側の
残るならず者たちが、微かに背を向けている乱に、好機とばかりに躍りかかった。
『い、今じゃ―――えっ』
「………フン」
だが他のならず者と同様に、振り切ることさえ出来ぬ内に、刀の機能を破壊される。
今しがた乱が放った五閃が鮮明だった者は、本人以外に存在するだろうか。
最奥で悠々と控えていた、頭領らしき使い手でさえも――
『ウヌ!』
「
『な……あ……ば、馬鹿な……』
他と大差なく、自慢の刀を使い物にならない状態にされる。しかも、真剣の刃を叩き折られて、だ。乱の刀だけは無傷で輝きを誇っているのだから、その力量に天と地ほどの差があるのは明らかである。
それでも剣を振り下ろせただけ、他よりはましと言えるだろうか。頭領らしき男はその場に膝をつき、もはや抵抗の気もないらしい。
ほんの一瞬、一瞬で、囲んでくる十数人の戦闘力を、根こそぎ奪ってみせた。
得物だけを狙ってこの有様なのだ、〝悪童〟にしてみれば、命を奪うのはよほど容易かっただろう。首筋に刃を当てられた心地で、ならず者たちは冷や汗をかいて腰を抜かしている。
「……ふう」
この異常なまでの技を可能としたのは、軽くため息を吐いた乱の、蒼い焔のように煌めく右眼に秘密がある。
眼孔を通して脳にまで、熱い血潮が駆け巡る感覚――右眼を通して、動体視力のみならず、思考や反射の速度までが加速し、流れる時さえ置き去りにする感覚。
かつて、思い出すも忌々しい父親の暴力に対し、全てを薙いだ一撃を見舞った時も、同じ剣を揮った。
緩慢に流れる時の中、寸分も狙いを違わず精妙に剣を振れば、力が足りずとも物質は破壊される。例えばそれが、女人の膂力だとしても。自身にのみゆっくりと流れる時の中、その神業を成すのは、本人にとっては容易だ。
更に鍛錬を積んだ今の乱ならば、尚更である。どのような達人であっても到達しえぬ、乱のみが可能とする剣。速さを支配した……
時さえも支配する、蒼き焔の右眼を持つ、黒き侍――だが、常に眼帯で覆い隠すのには理由があり、何の代償も無しという訳にはいかない。
「……ッ……ぐ、ううっ……!」
尋常ならざる熱さが、乱の右眼を襲う。それこそ蒼い焔が荒ぶって、右の眼孔から火を噴き、焼かれるかの如き痛み。
右眼に焼きごてでも当てられるような、形容しがたい苦痛に、乱が身悶えていると――恐怖にうずくまるならず者たちの合間を、白い風が吹くように通り過ぎ。
「―――ランさまっ!」
駆け寄るままの勢いで、乱を細い
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