16話 騎士生徒会長


 *ユーリ*


 俺は声のする後方へ振り返った。

 すると、そこには金色の髪に、背丈は俺より少し低めの170cmくらいの男が立っていた。

 体形は細見で引き締まっており、顔はいわゆる美形だ。

 そして、左手には腕章をつけており、そこには ―騎士生徒会長― と記されていた。

 騎士……生徒会長?


 「あ、あの人は!」


 「アラン騎士生徒会長様だ!」


 「はぁ~、今日もお美しい」


 周りからそんな声が聞こえてきた。


 「あんたは……」


 俺はそこまで言うと、向こうが口を開いた。


 「僕は騎士生徒会長のアラン・ファルガレスだ、……それよりも……」


 アランは倒れているマクルドたちを見廻した。


 「これは君がやったのかい?」


 「ああ、そうだが」


 「ふーん……」


 アランは視線を下げ、俺の腰のあたりを数秒見つめ、再び視線を上げた。


 「君は確か、昨日入学したユーリ・アレクシス君だね」


 「どうして、俺のことを……」


 「どうしてって、……僕はこの学校の生徒の名前は全員覚えているからね。もちろん、君のことも昨日覚えたよ」


 アランはとんでもないことを、平然と言ってのけていた。

 そして、アランは続けて口を開く。


 「君は校則を知っているかい?」


 「校則?」


 「―第2条― 講義・訓練を除き、学校内で決闘以外での生徒同士の武力行使を禁ずる。僕が見たところ、これはれっきとした校則違反だね。ちなみに校則を破った生徒は、ペナルティとして、自宅謹慎処分と、これから1年間の昇級試験の受験資格の喪失……」


 な、なんだと!?

 昨日、レイラ教官からお叱りを受けたときは、そんなこと一言も言われなかったぞ。

 ……1年間、昇級試験が受けられないってことはつまり

 1年間、俺は特級騎士になれないってことじゃねえか!

 ま、まずい……

 非常にまずいぞ。


 「アラン会長!……事情は僕から説明します」


 ロミオが俺の代わりに口を開いた。

 アランはロミオへ視線を移す。


 「君は……そうか」


 気のせいか、アランの表情が少しだけ緩んだように見えた。


 「それじゃあ、話を聞こうか、……ロミオ・ラングヴェイ君」


 「は、はい……」


 そう言って、ロミオは一通り、今ここで起きたことをアランに話した。


 「なるほど。 状況から言うと、ユーリ君はいわゆる、正当防衛ってことになるようだね……おそらくユーリ君が戦闘を拒否したとしても、向こうは止めなかっただろう……」


 アランは顎に手を置き、数秒間を置いて―


 「よし、それじゃあ今回の件は、君たちに非はないとして、特別に君たちを見逃してあげよう」


 笑顔でそう言った。

 あ、……危なかった。

 ペナルティを食らえば上級クラスをパーティーに入れるどころの話ではなくなる所だった。

 ロミオも安堵の表情を浮かべていた。

 そしてアランが続ける。


 「だが、次に同じようなことがあれば、僕も騎士生徒会長という立場上、見過ごすわけにはいかないからね。 十分気をつけるように」


 「あ、ありがとうございます」


 ロミオが俺の代わりにお礼を言う。


 「……さて、この子たちをどうするか」


 アランはマクルド達を再び見廻していた。

 その時のアランの表情が、一瞬、別人のように恐ろしく見えた。


 「こいつらはどうなるんだ?」


 「そうだね……この子たちは校則を破った上に、たった1人の生徒を複数人で襲った。由緒あるこの学校の生徒として、恥を知るべきだよ。謹慎はもちろん、最悪の場合、退学処分もあり得るだろう」


 「な……」


 「た、退学……」


 俺たちは動揺を隠せずにいた。

 マクルドたちがどうなろうが知ったことではないが、何も退学まで食らうことはないだろう。


 「アラン、会長、できれば、そいつらの処分を軽くして……やってくれませんか?」


 俺は精一杯、敬語を使った。


 「どうしてだい?」


 「えーと、俺も大した怪我はしてないし、……それに今回のことでそいつらが退学になるっていうのは、その、あんまりだと思って……」


 数秒、アランは考えるように黙り込んだ。


 そして―


 「よし……当事者の君の意向を汲んで、教官へは僕もそのように伝えておくとしよう。だが、最終決定をするのはあくまで理事長だ……そこは理解してくれると助かるよ」


 アランが笑顔を見せて続ける。


 「君は優しいんだね……」


 「いや別に―」


 俺がそう答えが次の瞬間―


 「それに、とてもいい眼をしている」


 アランの表情から笑顔が消え、真っすぐに視線を合わせてきた。


 「……眼?」


 ロミオは不思議そうに俺に視線を向けている。

 そして次の瞬間ー

 俺は背筋が凍るような不気味な感覚を覚えた。


 「―さて、とりあえずこの子たちを救護室へ送ろうか」


 「……え?」


 どう……やって?

 真正面にいたはずのアランが……

 気づけば俺の真横に立っていた。

 いま……何をした?

 俺とアランの間には5mほどの距離があった。

 しかも俺は瞬きをしていない。

 なのに、一瞬にも満たないうちに、俺の間合いに入ってきた。

 速いとかそういった次元の話ではない。


 「でたぞ! アラン会長の空間移動魔法 ―テレポート― だ」


 「す、すごい、魔法陣すら見えなかったわ!」


 周りの連中がそんな言葉を漏らしていた。

 テレポート?

 瞬間移動的なあれか?

 だから、瞬時に移動したのか。

 いや、それだけじゃない。

 どうやっているかは分からないが、アランは気配を完全に消していた。

 だから、俺の間合いに入ってきたときすぐに感知できなかった。


 気づかぬうちに間合いに入られるということはつまり……死を意味する。

 もしこれが命の取り合いであったのなら、俺は確実に出遅れ、窮地に追い込まれているだろう。

 もしかすると命を落としていたかもしれない。

 俺はこの時、このアランという男の恐ろしさを、身を持って知った。


 「アラン会長、私もお手伝いします」


 そう言って、メガネをかけた黒髪の男が傍に近寄ってきた。


 その左手の腕章には ―騎・副会長― と記されていた。


 「やあ、ベルガー君、せっかくだが僕一人で十分だよ」


 「そうですか……まさかアレを使う気ですか?」


 「うん、やっと完成したからね……この機会に試してみようと思ってね」


 「わかりました、ご検討をお祈りします」


 「ありがとう」


 アランはマクルドの前で膝を折ってかがみ、マクルドの体に触れた。


 次の瞬間―


 「え?」


 マクルドが……消えた。


 「……え? 会長は今、何をしたの?」


 「わ、わからねえ、生徒が消えたぞ」


 周りの連中も動揺している様子だった。

 そしてアランは立ち上がり、副会長に向かって口を開く。


 「うん、成功だね。……ベルガー君、念のため、救護室まで行って確認してきてくれないかい?」


 「承知いたしました、アラン会長」


 そういって、副会長は中庭を出ていった。


 「……いま、何をした?」


 ここにいるみんなの疑問を代表するように、俺は問いかけていた。


 「何って、見ての通り、救護室まで送ったんだよ。 これは最近、僕が開発した魔法でね、……実用段階にはなかったんだけど、……うん、手ごたえは完璧だったし。 ほぼ完成だね」


 見ての通りって、わからねえよ。

 人を移動させた?

 そんなことが可能なのか?

 俺は呆気に取られていると、アランは次々に残りの4人も同じように体に触れ……消していく。


 そして―


 「さあ、ユーリ君。君もその手の怪我は決して軽傷ではない。僕が救護室まで送ってあげよう」


 そう言ってアランが手を伸ばし俺に近づいてきた。


 「い、いや、俺は……」


 「大丈夫だよ、僕に任せて」


 心なしかアランの表情がとてつもなく恐ろしく感じた。


 「い、いや、だが……」


 俺はズルズルと後ずさりをしていた。

 その時―


 「アラン騎士生徒会長! 生徒が怯えているじゃない! そんなんで生徒の長である生徒会を名乗る資格があるかしら?」


 俺の後方からアランに対し、そんな挑発的な言葉が飛び込んできた。

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