第15話・異世界でも現世界でもスローなライフをナメるな!

 カルマが斧で割った薪が、飛んだ、飛んだ、大きく弾かれて飛んだ。


 斧で冬場用の薪割りをしていたカルマが、作業の手を休めて訪ねて来た男の顔を凝視する。

「異世界スローライフを、教えて欲しいって?」

 ツギハギの布で補修した貴族服を着た、没落貴族の青年が悩みがなさそうな笑みを浮かべて言った。

「そうなんですよ、ぜひともスローライフの先輩のカルマさんから、いろいろと聞きたいと思いまして」

「ほうっ、それは良い心掛けだ……いきなり、スローなライフはできないからな」


「実はわたし、現世界からの転生者なんですよ……今回の転生で三巡目なんです」

 カルマの頬がヒクッと攣る。

「ほうっ、腐れ転生者だったか……一応、聞いておこうか、どんな死に方で転生してきた?」

「わたくし、三回とも〝自殺〟で命を絶って……」


 いきなり、割った薪が没落貴族青年の、頬をかすめて飛んできた。

「その位置に立っていると危ないぞ、たまに割った薪が偶然に飛ぶことがある……よく、地獄に落ちずに異世界に三回も転生したな、で……どんなスローライフを計画している?」


「そうですねぇ、断罪の斬首を前世の詐欺知識と口八丁手八丁で免れて、広大な農地を手に入れた没落貴族ですから……」

 カルマの顔に、ビキッビキッと怒りの青筋が走る。

 没落貴族の腐れ転生青年は、カルマが激怒しているコトに、無沈着で喋り続けた。


「小作人を雇って、死なない程度に生かさず殺さずで小作人から搾り取って……悠々の生涯働かないスローライフを……」

 今度は、斧が飛んできて没落貴族の近くをかすめて、後方にある小屋に突き刺さる。

 歩いてきたカルマは、小屋の丸太壁に突き刺さった斧を引き抜いて言った。


「わりぃ、手が滑った……聞き流していたが、自殺して転生しなければならないほど追い詰められて、三回とも苦しんでいたのか?」

「いえいえ、三回とも『ちょっと、人生飽きたから異世界転生でもするか』っていう軽いノリで……三回とも身内は号泣していましたが、知ったこっちゃ……」

 没落貴族の近くに、カルマの家の庭にあった、巨大な人面像が飛んできて落下する。


 チート能力を使って、人面像を投げたカルマが言った。

「ふーっ、ふーっ……わりぃ、手が滑った」

「これは、手が滑ったレベルじゃないでしょう! 殺す気ですか!」

「もう、いっぺん死んで四巡目の人生を送ってこい……はっきり言わせてもらう……現世界でも異世界でも、スローなライフをナメるんじゃねぇ!」


  ◇◇◇◇◇◇


 大岩を投げたカルマが肩で息をしていると、回覧板を持ったリンネがやってきた。

「なんか、荒れているねカルマ……はい、これ村の回覧板、次の休みに村人総出の果物採りやるんだってさ」

「そうか、もうそんな季節か……なになに、今年はワイン用のブドウ採りか」


 回覧板の用紙を見て、何か考えていたカルマが、農作業などしたことがなさそうな没落貴族青年に言った。

「ちょうどいい機会だ、おまえも一緒に村の共同作業を手伝え」

「なぜ、わたしがそんなコトを……わたしが希望しているのは、働かないスローライフで……額に汗水垂らしてまで働くのは……ちょっと」

「はぁ? ゴチャゴチャ言っていると地獄の閻魔の所まで、ぶっ飛ばすぞ!」


  ◆◆◆◆◆◆


 次の休日──カルマとリンネは、嫌がる没落貴族を無理やり引っ張り出して、村人総出で果実採りをする場にやってきた。

 どこからか拾ってきた人骨を咥えて、楽しそうに走り回っているインガを横目に。

 没落貴族の腐れ転生者は目の前にある、先端が雲の中に隠れていて見えない、広葉樹の巨樹を見上げて質問する。


「大きな樹ですね……この樹はいったい?」

 答えるカルマ。

「村が保有する世界樹イグドラシルだ……この樹に品種改良した巨大果物が接ぎ木で実っている……さてと、はじめるか」


 没落貴族転生者が見ていると、飼い慣らされたサルたちが一斉に世界樹を登りはじめた。

 カルマがサルたちに向かって叫ぶ。

「採るのは熟したブドウだけだからな……間違えるなよ! 来るぞ!」


 没落貴族転生者が、何が来るのかと思っていると、村人たちは一斉に没落貴族転生者の近くから離れて。

 直後に三メートルほどの濃紫色の球体が連続して、没落貴族転生者の近くに落下してきた。

「ひっ⁉」

「落ちてきたブドウの粒を転がして、早くこっちに運べ──グズグズしていると、第二弾が落下してくるぞ、ブドウ爆弾の直撃で死ぬぞ」


 カルマを含めた村人たちは、協力してブドウの粒を転がして移動させる。

 爆撃のように、次々と落下してくるワイン用のブドウ粒。

 果汁が飛び散る中──没落貴族転生者は逃げ惑うばかりだった。

 それを見て、ブドウの球体を押しながら、怒鳴るカルマ。

「逃げるな! 働け! 使えないヤツ」


 逃げる没落貴族転生者の近くに、ウニのようなトゲトゲのクリのイガが落下してきた。

 間一髪で直撃を免れた、没落貴族転生者は腰が砕けて座り込む。

 それを見た、カルマが冷たい口調で言った。


「間違っても、おまえのようなヤツは『スローライフをしながら、国を乗っ取って成り上がる』なんて考えるな! 異世界スローライフを甘く見るな!」

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