スローライフをナメるな!編

第14話・異世界スローライフは永遠に

 冬の間に乳竜が食べる牧草のロールを転がして、小屋の中に運んでいるカルマにリンネが話しかける。

「ねぇ、どうしたらいいと思う……成長しちゃった園児の勇者と魔法使い……お互いを意識しはじめている」

「そりゃあ、いきなり思春期突入だから、戸惑いもあるんじゃない」


 薪の上に座ったリンネは膝の上に乗ったインガの頭を撫でる。

 赤い四つ目のインガは、虫の節足を蠢かして喜ぶ。

 頭を撫でられて嬉しそうな、インガの喉から、ネコのように雷鳴の音が出た。

 リンネがカルマに訊ねる。

「カルマがいた現世界では、どんな性教育が行われていたの?」

「どんなって聞かれても……特別なコトは」

「はっきり、口に出して説明してよ」

「言えるか……そんなコト、でも異世界でも性教育は必要よね……異世界図書館で本を借りてきて、園児や成長した勇者と魔法使いに読み聞かせするとか」

「結構、生々しいよ」


 牧草ロールを押して回しながら、カルマが言った。

「じゃあ、動物園みたいな場所に園児たちを連れて行って、発情している動物を見せるとか……タイミングが合えばリアルな性教育できるよ……性は変に隠さないほうがいい」

「そのアイデアいただき……カルマ、ありがとう」


 作業を続けているカルマを見ながら、リンネが質問する。

「ところでさぁ、カルマはチート能力を、たくさん持っているけれど、チートって無敵なの?」


 今日の分の牧草ロールの運びを終わったカルマは、水筒に入った水で喉を潤す。

「そうでもないよ……チート能力だって、いろいろと制限とか弱点がある……例えば、この間使った『少しだけ未来視』だって一回使えば数週間は使えない……あたしは使ったコトは無いけれど『死に戻りチート』は、何回も使っていると世界がズレてきて人間は自分一人で、クットルフな怪物だけの世界に変わるらしいよ」

「ふ~ん、チートも万能じゃないんだ」


  ◆◆◆◆◆◆


 ドクダミ城の畳部屋──バカ若の前には正座をした三馬鹿ミイラと、檻に入った社畜ヲタク親父がいた。


 首にビラビラの襟ラフを巻いて、自分を団扇うちわで扇ぎながらバカ若が言った。

「また、舞踏会を開催するので、賽河 カルマと餓鬼道 リンネの二名を、そちらの力で舞踏会に連れてきて欲しい」

 三馬鹿が無言で正座をしているので、バカ若はしかたなく檻の中で。

 下を向いてフィギュア遊びをしている、社畜ヲタク親父に話しかける。

「そちが、社畜かはじめて見た……そちも、カルマと、リンネを連れてきてくれたら望みの褒美ほうびをとらす……そうだ、そちに生身の嫁を与えよう」

 フィギュアの衣服を着脱しながら、髪ボサボサの親父が答える。

「生身の嫁なんていらない……オレにはこのフィギュアで十分だ」

「そうか……それなら、新しいフィギュアとやらを与えよう……それなら、やってくれるか」


 バカ若が桐の箱から木製の美少女フィギュアを取り出す。

「街の匠に作らせた……衣服の着脱もできるぞ」

 ヲタク親父の目が、木製の美少女フィギュアに注がれる、燃え上がるヲタク親父の闘志。

「うおおおッ! それをくれるならやる! 生身の嫁はいらない!」

「そうか、やってくれるか」

 バカ若が正座して、プルプルと震えている三馬鹿に言った。

「その方らは気に入った……武士に取り立てて、こき使ってやろう……どうだ、三食食べられて寝床もあって嬉しいか」

 突然、三馬鹿が転がり悲鳴を発する。

「足がぁ、足がぁ」

「痺れましたわ」

「うおぉぉ……ジンジンして立てない」


 それを見たバカ若が、笑いながら立ち上がる。

「足が痺れたとな……はははッ情けない、わたしを見るがいい、足の痺れなど……うおおおおおおぉぉぉ!」

 バカ若も、足が痺れて畳の上に転がる。

 バカ若を加えた四馬鹿が、畳の上でのたうち回った。


  ◆◆◆◆◆◆


 小一時間後──カルマの家の前に、ガラスの馬車と一緒に、社畜ヲタク未婚親父が現れた。

 カルマとリンネは、ガラスが軋む音に昼食で作った、皿に盛られたナポリタンパスタを食べながら。

 口の周囲をオレンジ色にして、家から出てきた。


 亀裂が走った、ガラスの馬車を見てカルマが言った。

「また、バカ若がガラスの馬車で舞踏会の招待を……懲りないヤツ」

 腰に手をあてて、ブタの背脂並みの脂汗を流す、社畜ヲタク親父が言った。

「ドレスを着てガラスの馬車に二人で乗ってくれ」

「断る」

「それなら、しかたがないオレのターン!」

 いきなり、空から派手は派手な衣装を着た、身体能力が高い中学生くらいの少女が現れてカルマの近くの地面に正拳突きをする。

 えぐれる地面。

 飛び下がったカルマのオッドアイが、怪しい輝きを放つ。

「あたしのターン……チート能力『存在否定』……そんな、身体能力が異様に高くて、顔出しでも正体がバレない、中学生は存在しない」

 身体能力が高い、美少女の体が透明化して消えて、少女がえぐった穴が元の状態に戻る。


 それを見た社畜ヲタク親父は、慌ててガラスの馬車に乗り込みドクダミ城に向って馬車を走らせる。

 馬車は数メートル進んだ位置で、粉々に砕けて散った。

 地面に転がり落ちた、社畜ヲタク親父を見てリンネが叫ぶ。

「健康のためにも、ウォーキングでもして、少しでも運動した方がいいですよぅ」

 カルマが続けて叫んだ声が、谷間に反響する。

「あたしのスローなライフの邪魔をしないで……不便なところも多少はあるけれど、それなりに異世界のスローライフを楽しんでいるんだから」

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