第12話・田舎のスローなライフ……冬期に備えてカルマ薪を割る……社畜ヲタク親父登場

 その日──賽河 カルマは自宅の横庭で、斧で冬場に使う薪を割っていた。

 遊びに来たリンネが、薪を割っているカルマに話しかける。

「何しているの?」

「冬に備えて、今から使う薪を割っている、冬に竜舎の中で竜が食べる……牧草の用意もしないとね」

「大変だね」

「積雪する田舎は、冬場になると外での仕事ができなくなるからね……スローなライフだからって、働かないワケにはいかないから、リンネが冬に使う必要な量の薪も分けてあげるよ」

「ありがとう」


 カルマが斧を大きく振り上げないで、薪をトントン割っているのを見て、リンネが質問する。

「もっと、豪快に斧を振り上げて割らないの? 殺人鬼みたいに?」

「薪を割るのに、斧を振り下ろす必要は無いよ……割れた薪が弾け飛んで危険だからね……ふぅ、今日はこのくらいでいいかな、家の中でお茶でも飲もうか」


  ◇◇◇◇◇◇


 家の中で煎茶を飲みながら、室内を見回していたリンネは奇妙なモノを発見する。

「これ、何?」

 椅子から立ち上がったリンネが手にしたのは、木製の着色された玩具だった。

 異世界では見たことがない、人型の玩具にリンネは興味津々だった。

 現状変換能力で、西洋の焼き菓子を、和菓子に変えて食べているカルマが言った。

「あたしがいた現世界で放送されていた、子供番組の玩具……こっちの世界でも、冬期の副業になるかと材木を削って作ってみた……試しに町へ持っていったら、珍しがって飛ぶように売れたよ」


「へぇ~……あっ、この木製玩具、手足や胴体部分のジョイントが可動式だ」

「こっちにある玩具と合体させると、巨大ロボットに変形するよ」

「巨大ろぼっと? なんか、よくわからないけれど……凄そう」

「冬期の副業で、コツコツ作るから」


  ◆◆◆◆◆◆


 ドクダミ城のハーレム大奥の入り口で、バカ若君が数名の〝くノ一〟と縦ロール金髪ウィッグのミイラ令嬢に向って言った。

「良いではないか、良いではないか……大奥に側室愛人として加わって愛人にならぬか? 愛人二十八号は賽河 カルマのための永久欠番だが……それ以降の愛人番号なら」

「おぺぺぺぺぺぺッ……丁重に、ご遠慮しますわ」

「そう言わずに……その包帯の中身が見てみたい、一度包帯を引き剥がして、グルグル回してみたい」


「おぺぺぺぺぺぺッ……そんなに女の包帯を引っ張り剥がしてみたいのでしたら……わたくしのようなクズ女の包帯よりも、他に剥がしがいがある女を知っていますわ」


 縦ロール金髪令嬢ミイラが、恐ろしいコトを口走る。

「賽河 カルマの相棒の餓鬼道がきみち リンネなら、カルマのような多種多様な無双チート能力は持っていませんですわ……リンネを包帯娘にすれば、カルマもリンネを助けるために大奥に入って、バカ若の愛人に……なるかもしれませんわ」


「おぬしも悪よのう」

「はい、そうですわ……元々、悪役令嬢志望ですから……くノ一をお借りしますわ……わたくしの知り合いに、ヲタクの転生者がいますので協力してもらいますわ……おぺぺぺぺぺぺッ……では吉報を」


  ◆◆◆◆◆◆


 村から少し離れた薄暗い洞窟の中で、ロウソクの揺らぐ明かりの中で、背を向けて座っている中年男の姿があった。

 冴えないメタボ男は、手にした美少女フィギュアで遊んでいた。


 洞窟に、くノ一数名を連れて現れた、縦ロール金髪の令嬢ミイラが男に向って言った。

「また、そんな不健全な遊びをしていますの……現世界から逃避転生してきた社畜親父と言うのは、あなたみたいな性癖の方々ばかりですの?」

 背を向けたまま、社畜の未婚親父が呟く。

「ほっといてくれ、どうせオレなんか異世界転生しても、無能な社畜のままだ」


 令嬢が社畜親父おっさんを質問で責める。

「あなたは、どんな死に方をして、異世界に転生してきたのでしたっけ?」

 フィギュアで遊ぶ手を止めた、社畜親父が言った。

「必殺〝テクノブレイク〟だ! 何回も言っただろう」

「おぺぺぺぺぺぺッ……転生の名称だけは、それなりに格好いいですわね──でも、その死因の実態は」

「それ以上は言うな! いったい、なんの用があって来た」


「社畜おっさんのチート能力を借りたいのですわ……うまくいけば、賽河 カルマを倒せるかもしれませんわ」

「賽河 カルマを……冗談を言うな」

 異世界に転生してきた社畜親父おっさん──ヲタク能力を持つ親父は、賽河 カルマの存在を知ってから怯えて洞窟にこもったままで。

 一度も異世界で、活動を起こしてはいなかった。


 ミイラ令嬢が蔑んだ視線を、ヲタクの社畜親父に向ける。

「現世界で上司に虐げられた、屈辱を晴らすために成り上がるとか……現世界と異世界を往復して、バカにした者たちを見返すとかの考えはなかったのですか?」

「賽河 カルマみたいな凄いヤツが異世界にいたんだ……オレみたいな底辺の社畜親父が立ち打ちできるはずがない……最初から諦めた、危険な橋を渡らないのがオレの人生だ」


 縦巻き金髪ロール令嬢は、男の手からフィギュアを取り上げる。

 振り返ったヒゲ面で、怒鳴るヲタク社畜親父。

「何をする! 返せオレのフィギュア!」

「返して欲しければ言うことを聞くのですわ……賽河 カルマとチート能力で戦うのですわ……言うことを聞かないと」

 令嬢は奪った、美少女フィギュアの首をねじる、悲鳴をあげる社畜親父。

「やめろぅぅぅ! 言うことを聞くからやめてくれぇぇぇ!」


「それでいいですわ……陽動作戦で、あなたがカルマと戦っている間に、リンネを包帯巻きにしますわ」


  ◆◆◆◆◆◆


 社畜ヲタク親父は、ブルブル震えながら、カルマを呼び出した町で対峙した。

「こ、怖くないぞ……ヲタクの底辺社畜親父を……な、なめるな! 未婚親父のヲタクターン」


 社畜ヲタク親父は、現世界で放送されていた特定の時間帯の三本のキャラクターもどきを、異世界に出現させるチート能力を転生時に与えられていた。


 ヲタクが叫ぶ。

「賽河 カルマ、日曜日のヲタクの朝の楽しみを受けてみろ!」

 出現したのは──華やかな衣装を着た、身体能力が高い戦闘少女と。

 バイクに乗った単体ヒーローと。

 グループで敵と戦う戦隊の、巨大ロボットだった。


 見学していたリンネが、カルマの家で見た木製の玩具を思い出して叫ぶ。

「うわぁ、なんか木の玩具と似ている」

 華やかな衣装を着た身体能力が高い少女と、バイクに乗った単体ヒーローと、グループで敵と戦う戦隊の巨大ロボットが同時にカルマに襲いかかる。

 カルマは、持参した斧で全員、真っ二つにする。

 ヲタクが出現させた、モドキたちは霧や光りの粒子になって消滅した。


 チート能力が破られた社畜ヲタク親父は、悲鳴を発して泣きながら逃げていく。

「ひぃぃぃぃぃぃ! オレなんか、オレなんか」


 斧を振り回して演武したカルマが、呆れたタメ息を漏らす。

「社畜で無気力な無精髭のおっさんが、なんらかの理由で死んで異世界転生したって……どうこうなるもんじゃないだろう、最初から自堕落でスキルゼロなんだから」


 斧を持ったカルマは、周囲を見回して首をかしげる。

「あれ? リンネはどこ?」


  ◇◇◇◇◇◇


 カルマが、ヲタク親父のチート能力で呼び出した、まがい物と対峙していた時──リンネは、くノ一の忍者たちに包帯でグルグル巻きにされて、ドクダミ城にエッホエッホと、担がれて運ばれていた。


 ミイラ状態で、バカ若君の前に立たされたリンネを見て、バカ若君は目を細める。

「良いではないか……餓鬼道がきみち リンネを、わたしの愛人二十九号にしよう……それでは、さっそく包帯剥ぎを……ぐふふふッ」

 バカ若君が、リンネの包帯を剥ぎ取ってグルグル回しをやろうとした、その時──リンネの体が背中折れして、真っ赤な口が現れる。


 化け物のように城内をピョンピョンと、跳ねて逃げ回る女体の怪異に、ドクダミ城は大パニックになった。

「なんだアレは?」

「城から追い出せ!」

「バカ若君さまが、階段から転落したぞ!」

 リンネは、そのまま城の掘へと布団が敷かれた天守から落ちて、堀を泳いで川へと姿を消した。


  ◆◆◆◆◆◆


 数分後──ミイラ状態で川を泳いだリンネは、揃えた足でピョンピョン跳ねながら、カルマの家に戻ってきた。

「ただいま、カルマ」

「おかえり、リンネ」


  ◆◆◆◆◆◆


 洞窟に帰ってきた社畜ヲタク親父は、頭から毛布をかぶって、衣服や下着が着脱式の美少女フィギュアで遊びながら……愚痴っていた。

「やっぱり、オレなんてダメな社畜なんだ……死んだ方がいいんだ、こうやってフィギュアで遊んでいるのが、お似合いの親父なんだ……ふへへへッ、さあ下着までヌギヌギしようねぇ」


 それを見ていた、縦ロール金髪ミイラ令嬢は、コイツダメだと肩をすくめた。

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