舞踏会編

第10話・スローなライフを送りたいだけなのになぜか邪魔が入る

 オールインワンツナギ服姿のカルマは、竜の乳搾りの手を休めて、段差を挟んだ向こう側の丘を眺めた。

 向こう側の丘の上では、村人が大鎌で麦を刈っていた。

「収穫の時期か……超大麦小麦の品種改良は、失敗したもんな……あれが成功していれば、一粒で相当量の麦が採れたのに」


 カルマが乳搾りを再開していると、インガを連れた餓鬼道 リンネが、クラブサンドを入れたボックスのカゴを持って、丘道を登ってきた。

「カルマ、ご飯持ってきたよぅ……休憩しよう」


 作業を中断したカルマは、リンネが座った平らな石の上に腰を下ろして汗を手の甲で拭く、見かねたリンネがタオルを差し出す。

 カルマとリンネが、竜肉のハムが挟まったクラブサンドを食べた。


 青い空に白い雲が流れていく、平穏なスローライフの日々。

 何事も無いのが、日常で当たり前のスローライフな日々。

 赤い竜の生乳を飲みながら、リンネが言った。

「平和だねぇ」

 カルマが答える。

「何も起きないのが、当たり前の、幸福だねぇ」

 退屈な時間が流れる。

 インガはまた、どこからか拾ってきた、人骨の頭蓋骨をしゃぶっている。


  ◇◇◇◇◇◇


 ゆったりとした、放牧の丘で──このまま何事も無くカルマの一日が終わる……はずも無く。


 村の方で水柱が上がるのが見えて、村人が一人慌てた様子で、丘を上がってくるのが見えた。

「カルマさん、大変だ! カルマさんに恨みを抱くバカ王子が現れた!」

「バカ王子? あぁ、あいつか」

 平らな岩から立ち上がる賽河 カルマ。

「村に迷惑をかけるヤツを、放ってはおけないな」


  ◇◇◇◇◇◇

 

 カルマが村に到着すると、村のあちらこちらに水柱が噴出して。

 マント姿の王子が水柱の一つの前で、腕組みをして微笑で立っていた。

 そこそこのイケメンの王子が、カルマを見て言った。


「やっと来たな……我が妃」

 カルマが、露骨ろこつに嫌そうな顔をする。

「あたしは、バカ王子のコトは、なんとも思っていないんだからね……そっちが勝手に婚約者だと決めている、だけなんだからね」


 バカ王子は、少し困ったような悦の笑みを浮かべる。

 ちなみに『バカ』と言うのは王子の名前だ。


 バカ王子が言った。

「そのツンデレな態度も、魅力的で悩ましい……わたしの求愛を拒絶した君のような女性は初めてだ、ますます賽河 カルマを攻略したくなった」

「勝手に攻略するな! あたしを愛人何号にするつもりだ! このバカ王子!」

「賽河 カルマを屈伏させるのも、最高のステータスシンボル……バカのターン」

 大きな水柱が上がり、地中から首長竜が現れた。


 後方に飛び下がるカルマ。

 カルマが、長い鎌首を持ち上げた首長竜を見て言った。

「恐竜? なんで地面の下から?」

「これは、恐竜ではありません『怪獣』です……あなたは、邪神や魔獣や妖獣や幻獣の相手をするのは得意でも、怪獣を相手するのは苦手でしょう……さあ、この怪獣に倒されて──わたしの愛人二十八号になりなさい」


「アホか! あたしのターン! インガ来て!」

 クットルフな古代世紀の支配者─インガが、カルマの呼び声に応えて。

 虫の節足を広げた皮膜で飛んできたインガ。

 犬のように舌をハァハァ出して嬉しそうな、赤い四つ目のインガが怪獣と対峙する。

 カルマが言った。

「インガ……新しいお友だちだよ……遊んであげて」

 紅蓮の炎の怪物に変化するインガ──数秒後、水竜の怪獣はインガの従属眷属となった。


 それを見たバカ王子が、額に手を当てて苦笑する。

「フィッシュ・ミント城の湖で育てられた怪獣を手なづけるとは……その古代世紀の支配者も、含めて君がますます欲しくなった……ぜひとも、今度フィッシュ・ミント城で開催される舞踏会に……君のためのドレスを新調しよう、体のサイズを細部まで教えて……」


 バカ王子の言葉が最後まで終わる前に、炎のバットに変形したインガを持ったカルマが、バカ王子を空の彼方にホームランする。

 バカ王子は意味不明の。

「また、来週!」

 と、叫んで太陽に向って飛んで行った。

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