34話

「なら早速その禁じられた森に行ってみましょう!」

「無理ですよ。"禁じられた森"は神聖な場所として禁足地に指定されていて、四方を掴めない結界の壁で守られ唯一の入り口にも見張りが常駐しています。石の混じった地面は硬くて穴を掘ることも出来ないので、許可を得ずに入るには空を飛んで入るくらいしか……」

「不法侵入は無理か。その許可ってのは得られるものなのか?」

「村長に一筆貰えば入ることは出来ますが、その許可を貰えた村人は過去に誰一人としていないですね。凶作で食料を求めての嘆願も一蹴されたこともあります」

「そこにはそれ程までして隠したい何かがあるのか? まぁとりあえず村長に相談して無理そうなら俺達に出来ることは――」


 最悪の場合を想定し、ナールとランジェの方を見ながら再度口を開く。子供を攫う相手ならば彼女達はこれ以上無い餌になる。


「餌を用意して釣るだけだな。幸い2回も試す機会がある」

「クルツ、酷い」

「2回目ですよね!? それナールは2回目ですよね!?」


 少女達はそれぞれの反応を見せた。ランジェは自身が確実に1回目の餌にされることを想定した上での率直な感想で、ナールは1回目にされるかどうかつまり自分を大切に思って相応の扱いをしてくれるのかどうかの確認を取ろうとしている。

 餌にされること自体は特に問題としていない辺り、両者ともに"普通"の少女からはかなり逸脱している。どちらも方向性と信奉するものは違えど狂気的だ。



「無理じゃ! それだけは許可できん!」

「ですが、ですがですよ村長! そこに犯人が……いえ村の子供達が囚われているのかもしれないんですよ! 森を荒そうとかそういうのではないのですし……」

「無理なものは無理じゃ! 例え子供が何人犠牲になろうが許可出来ん!」

「何てことを言いやがる! みんな! このクズを焼き殺すぞ!」


 村に戻った俺達は禁足地へと立ち入る許可を求めたが、村長は頑なにそれを拒否した。老人には村人の命よりも優先する事柄があるようであったが、その言葉を家の中で密かに聞いていた村人達にはそんなことはどうでも良かった。

 家々から飛び出した村人達は村長を引き倒すと、それぞれが手に持った棒で何度も打ち付けながら用意されたままであった火刑場へと彼を引き摺って行った。愚かしいまでに直情的で流れに身を任せている群衆は、打撲痕まみれになった老人を丸太に縛り付け火炙りの準備を整えていく。そしてそんな時であった。月光が降り注ぐ上空から風切り音を立てて何かが飛来し、6尺程の体躯を丸太に縛り付けられている老人に覆い被さった。

 森の家で見たものと同じ黒い羽毛に覆われ2対の翼を背中に生やしたその何かは、4本足の鳥を2足歩行で歩かせているかのような化物であった。その生物は突然の事で硬直していた俺達に対し、血濡れになった嘴のある一つ目の顔を向けた。巻き上がる悲鳴と拡散していく動揺、村人達は倒れた人間を踏み越えながら我先に逃げ出していく。


「出るもんが出やがったな。おい、ええっと……案内役の青いの! あの鳥野郎は俺達が何とかしてやるから倒れている連中を助けてやれ」

「は、はいっ!」

「不思議……あれ、濃い匂いがしてる。とっても濃い優しさと願いの匂い」

「意味が分かりませんが兎に角やっちゃいましょう! 犯人さえやってしまえばあとは攫われた子供達を助けに行くだけになりますからね!」


 ナールはランジェの謎の発言を受け流し、革帯の中に隠していた短刀を抜いて切っ先を怪物に向けた。犯人が目の前におりそれを倒せば事態は収束へと向かうはずだ。そのはずなのだが何故か嫌な予感がする。取り返しがつかないことをする前に感じる特有のざらついた不穏な感触が胸を騒めかせている。


 目の前に目当ての獲物が現れた子供達は勢い良く走り出し、烏の化物に襲い掛かった。ランジェが槍斧で足を切り裂き膝を付かせ、ナールが短刀を胴に突き差し捻って内臓を抉る。練習したわけでも無いのに彼女達、いやランジェは息を合わせられている。まるで弟子に何が出来るのかを知り尽くしているかのようだ。

 内臓を掻きまわされた化物は腹を抑えてのた打ち回り、転倒した転んだ子供の様に鳴き声を上げ血の泡を吐き出した。呆気ない、呆気なさ過ぎるその様子は痛みでやられたように見せかけて近づいたところで奇襲を仕掛けるつまりなのではないかと疑ってしまう程だ。


「やったか? ……やってるな」

「呆気ない。やっぱりこれじゃない」

「これじゃない? どういう意味です?」

「あの家で嗅いだ匂いと違う。近い匂いだけどこれにあるのは残り香だけ。血と生の匂いの中に本当の匂いが隠れてる」


 ランジェは息絶えた烏頭に触れ死体を嗅いだ感想を述べた。正直意味不明ではあるが、この個体が俺達の追っている相手ではないということだけは伝わった。


「じゃあその隠れてる匂いってのは何なんだ?」

「村の匂い。村人から匂うのと同じ」

「それはつまり、この鳥さんは……」

「攫われた村人の子供の成れの果てってことなんだろうな。それならさっきの子供のように泣け叫ぶ様子も、戦いに慣れがなかったのも納得だ。だがそうなると覚悟しないといけないな。1人がこうなら……攫われた連中はこうなっちまってるはずだ。まったく、これも全部あの"大火"の野郎が蒔いた種だ。見つけたらこの手でぶち殺してやる……」

「これ、周知しない方が良いですよね」

「当たり前だ。もう、静かに眠らせてやった方が良い」


 烏頭の死体に近付き目を閉じて火の点いた松明を胸に抱かせてやる。姿が変わり果ててしまった哀れな犠牲者は誰からも弔われることはないどころか、最も大切にしていた相手からの拒絶に晒されてしまうだろう。そうなるよりかは俺にこうされた方がきっと、多少はマシなはずだ。

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