28話
「付いて来るのは構わんが、何か俺達の役に立つことをしろ」
「勿論それくらいは」
「お師匠様、良いのですか!? 不審者ですよ!? 少し前まで敵対していた魔神教徒ですよ!?」
「こういう類の奴は付いて来るなと言っても付いてくる。どうせ付き纏われるなら、利用した方が良い。敵意を見せてきたら殺せば良いだけだしな」
「それはそうですけど……」
ナールは不服そうな表情で鯱娘を自分の体から引き離した。師が認めたとはいえ非常に胡散臭い人物が近くに居続けるという状況を許容できないのだろう。
「変な人、貴方は何が出来るんですか?」
「ランジェ。得意なのは殺傷と魔術……それとお世話」
「ひっ!?」
鯱娘に右腕の付け根であった部分を撫でられたナールは鳥肌を立てて飛び退いた。弟子は彼女の事が苦手であるようだが、弟子には世話役が居た方が良いし価値観の違う人間の思考を読む練習にもなるので彼女の存在は非常に都合が良い。我慢してもらうとしよう。
「そうか。なら後は任せた。まぁ仲良くやってくれ」
「え、この人置いていかないでくださいよ! お師匠様、お願いですか――」
助けを求める弟子を置き去りにして部屋の扉を閉める。恐らくだが弟子と鯱娘は2人きりにしても問題はない。何となくではあるが、2人はかつて対極のような存在で一歩間違えれば殺し合いが起こるような間柄であった俺とベーリンがそうなったように強い繋がりを持てるような気がする。
朝を迎え宿に併設された酒場で朝食をとっていると、遅れて起きた少女達が階段を下りてきた。ランジェこと鯱娘はよく眠れたようで元気満々だが、弟子のナールは目の下に隈が出来ている。どうやら散々な目に合ったらしい。
弟子は衣服をいつもより綺麗に着ており、よく解かされた髪を後ろで一本に束ねている。鯱娘が口にしていた得意なことの1つにお世話をすることがあったので、多分彼女に朝の支度の全てをされたのだろう。元々顔と髪質が良いので、装い以外は貴人の子息のようになっている。
「眠れなかったのか?」
「はいぃ……生臭いこの人に抱き枕にされた上、首に耳を当てられながら背中を摩られて……」
「良い匂いで、握った栗鼠みたいな鼓動で可愛かった」
「こっちは殺されるんじゃないかと思いましたよ……」
「殺したりしない。“2回分”は助ける」
ランジェは2人分の椅子を引き、品書きが彫り込まれた大きな木盤を弟子が見やすいように持ち上げた。至れり尽くせり、そんな待遇を弟子は受けている。
「だが悪くない、そうだろ?」
「不本意ですけどね!!」
街から離れ草原に辿り着くと、そこはさっきまで聞こえていた喧騒や賑やかな街並みが嘘であるかのように静かであった。唯一聞こえる音といえば、遠目に見える厩から聞こえる嘶きと馬上試合の練習をしている者達から発せられるものだけだ。この場所であれば激しい運動をしても誰の迷惑にもならないだろう。
「お師匠様、今日は何をするのですか? 走り込みですか?」
「いや、今日は実戦を見据えた訓練だ。ランジェ、ナールをこの棒で殴れ」
「殴る? 木の棒でも当たったらナール怪我する……」
「これは俺じゃ力加減の出来ない師事、着替えと同じでお前にしか手伝えない弟子の世話だから怪我程度の事は気にしなくていい。ナール、お前はランジェに殴られないように避けるか攻撃を棒で受け流せ」
気の乗らないランジェとナールに棒を手渡し、少し離れた場所で2人を見守る。弟子に課した訓練の目的は残った利き手の逆での防御を取得してもらうこと。そのためにランジェには片手剣程度の長さと重さのものを、ナールには短く根元が分かれて鍔のようになっている形状の棒を渡してある。
「は受け止めるなよ。受け流すか絡めて落とせ」
「そうは言われましても……」
「実戦だったらランジェの振ってる棒は鋭利な刀剣や骨肉を断つ斧や頭蓋を砕く棍棒に代わる。今のままだと武器を1つ失ってるし、致命傷を受けてるぞ!」
良くない動きをして何度も打たれている弟子に指示を出し、自身の生死が関わっているのだと意識させる。訓練と違って実戦には2度目も手加減もない。俺のように頑丈ではない彼女は一太刀たりとも浴びてはならないのだ。
「それと、避ける時に過剰に動き過ぎだ。相手の攻撃に合わせて小さく動くようにしないと隙が生まれるし必要以上に体力を消耗しちまうぞ! ほらそこで前に出ろ! 大振りを狙う相手がうまく振りきれないように懐に入りこめ!」
「わかりました……わっ、ととっ!」
やっている当人では気付けない無駄な動きを指摘すると、ナールは指摘された通りにランジェの懐に入り込んだ。しかし腕を失ってから時が経っておらず平衡感覚を損なったままの弟子は急停止に失敗し、躓いてランジェに飛び付いてしまった。
飛び付かれたランジェは勢いよく突っ込んでくる弟子を受け止められず、2人揃って草の上に倒れこんだ。幸いにも石の上には転ばなかったようで、鈍い音は聞こえなかった。
「おかしいなぁ……いつもならこんなことにはならないのに」
「その"いつも"と今は違うんだから、出来たことが出来なくても仕方ない。だがそうなると予定を変えないといけないな。よし! 2人とも、今から俺が止めるまでこの草原で"猟犬と鴨"をして遊んでいろ! 休憩は片方が疲れた時に取れ」
「追いかけっ子の遊び……ですか? ナールは大丈夫ですよ! まだお稽古できますよ!」
「遊びも気分転換も鍛錬の内。それに遊びだからって鍛錬にならないわけじゃないんだぞ? それに今のお前に必要なのは心に余裕を持つことと機能の回復、それが出来なきゃ強くなるなんて不可能だ。ほら、つべこべ言わずにさっさと始めろ」
不服そうなナールを説き伏せ、手を一度叩いて催促する。彼女は何事でもうまくやれるが、それが出来ない状態に陥ると何故それが出来ないのかを分からないことがある。出来ない理由を考える時間と考えた結果から思いついた解決方法を実践できる機会を与えれば、最終的には自分に何が必要であるかを自分で考えられるようになれるだろう。
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