スケルトン・ランデブー6

必死に墓を掘り起こす。いつもより早い時間だったが、ある程度土を避けるとボコと腕が這い出てきた。


「ふあ〜あ、なによ……」


睡眠を妨げられて不機嫌になったルルシアがコツコを睨んだ。その眼差しに一瞬たじろぐ。


「手伝って欲しいことがあって……」

「嫌よ。どうしてあなたなんかの手伝いをしなくては行けないの」

「お願いです。私ではやはりダメなのです」

「ふーん?」


ルルシアは、訝しげに首を傾げ、泣きそうなコツコの顔を眺めた。そしてため息を吐いたあと「話だけは聞こうかしら」と言った。


コツコは、事情を手短に語り出す。だが、語り終わると同時に、ルルシアはまたため息を吐いた。


「なあに?料理を作り過ぎたから一緒に持って行って欲しいって、馬鹿じゃないのかしら。数を減らしなさい数を。


寝たきりのおばあ様がいるんだから、何があってもすぐに動けるように身軽にするのがいいに決まってるでしょう。そんなに料理も要らないわ。食べないもの」


コツコの愚かさを嘲ると、ルルシアは土を払いながら家に向かう。


「あなたは怖いだけよ。だからめちゃくちゃな理由を付けて行きたくないと駄々を捏ねてるだけ。やると言ったのなら、最後まで自分でやりきりなさい」

「私みたいな余所者が、やり遂げられるでしょうか」

「はぁ?余所者とか関係ないでしょう?」

「余計なことではないでしょうか」

「最期を飾ると言っておいて、やはり止めましたなんて、そっちの方が余程酷いことよ」


ルルシアの言うことは正論だ。コツコは黙り込んだ。

躁状態の時に組んだ予定を鬱状態の時に清算するような、そんな憂鬱な気持ちに襲われていた彼女は、自身の言動が急に恥ずかしくなって俯くしかない。


「時間が無いわよ。急ぎなさい」

「……はい」

「持っていくのは暖かいスープが良いわ。今夜は冷えそうよ」

「……はい」

「気をつけて。

それと、灯りを持っていきなさい。私達と違って、人間は夜目が効かないから」


沢山作ってしまった料理を置いて、スープと灯りだけ持つ。コツコは、とぼとぼとした足取りで老夫婦の家へと一人で向かった。


途中の畑に井戸端会議をしていた夫人達がいた。彼女らは、ジッとコツコを見つめたあと、なにやら話している。それに冷や汗をかいた。なにかしてしまっただろうか。


嫌な光景がフラッシュバックする。それは、まだ人間の頃のことだった。


コツコは遠い地から来た旅人だったのだが、流れ着いた土地で事件に巻き込まれた。

村長の娘が、森の奥で無惨な姿になって見つかったのである。狭い村の中で起きた、明らかに人の手による犯行だった為、村人達は躍起になって犯人探しを始めた。


あそこの家の倅が怪しい、あの娘が嫉妬でやった、いやいや違う。この村の人間の仕業じゃない。


得体の知れない旅人であるコツコが縛り上げられるのに、そう時間は掛からなかった。


「新しい神子様ですよね?」


は、とする。後ろから声をかけられた。コツコはおそるおそる振り向いて、数メートル先を見た。先程井戸端会議をしていた夫人の一人が声を掛けたのだ。


「不思議な佇まいだわ……神々しいって、こういうことを言うのかしら」

「あ、わたくし、わたし、……その、」

「話は聞いています。あの家のおばあ様、亡くなってしまうのでしょう? その、最期の時間を作りに行くのでしょう?」


コツコは、静かに頷いた。それを見て、夫人は悲しそうな顔をする。


「ありがとうございます、神子様。なんてお優しい」


夫人は、荷物を持ったコツコの手にそっと自分の手を重ねた。暖かい人間の手の感触がする。少しカサついたそれは、コツコの透明な冷たい皮膚を撫でると、離れていった。


「おばあ様の旅路にエレシュキガル様のご祝福があらんことを」

「旅路……」


旅なんてするんじゃなかった。繋がれた牢屋の中で何度もそう思った。ずっと同じ場所で安寧の日々を送れたなら、そう思った。だが、あの時のコツコは。旅に出る時のコツコは、少なからず新たなる地へ行くことの喜びに満ち溢れていた。


スケルトンに作り替えられ、エレシュキガル教の教会で保護された時、死出の旅を尊ぶなんてと思った。


旅は苦しく、行先も暗い。


行き着いた先で、どこにも行けなくなったら? 一人ぼっちで、暗い場所で、ただ自分の終わりを待つだけになったら?


コツコには恐ろしくて堪らないことだ。


もう二度とあんな思いをしたくない。


エレシュキガル教の教えはよく分からない。だが、神子としてやらねばならぬことがあると踏ん張ってきた。


果たせぬ想いを受け取って、何も出来ぬまま終わりを告げてきた。


暗い気持ちのまま、ある日お告げの為に王都へ赴いた。そして、神子の婿殿が王子の運命を変えたのだとの噂話を聞いた。


無性に気になって、どんな人か教会のシスターに聞いた。彼は王子殿下に啖呵を切って、妻を庇ったのだという。すごい勇気だ。素直に感心していると、シスターは、


「コツコ様にも、お似合いの方だと思いますよ。会いに行っては如何ですか?」


と言った。


そして、なんとなくその気になって。__その人なら、私の暗いこの運命をも変えてくれるのではと淡い期待を持って__


辺境の村へと、旅立った。


バシンッと突然背中に強い衝撃を感じて我に返る。快活そうな夫人が、コツコの背中を叩いていた。


「元気がありませんね神子様。慣れない土地でのお勤めに緊張しているの?」


痛くは無い。むしろ、背筋が伸びた。


「大丈夫よ。あなたなら出来るわ! なんの根拠もないけど、この村にはルルシア様も、トクローくんもいるのだから、なんにも怖がることなんてないのよ!」


夫人は続ける。


「お勤めが無事に終わったら、村人みんなであなたの歓迎会を開きましょう。何が好き? 美味しいもの沢山作るわね!」

「……歓迎してくださるのですか?、こんな私を」

「歓迎するに決まってるわ!来てくださってありがとう!」


背中に添えられた手は、熱いくらいに心強かった。

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異世界冥婚ハーレム〜奥様はアンデッド!?〜 四月一日真実 @NEKOSHIMAGOO

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