第8章 濡らされるたび堕ちていく

大家からこの部屋の過去を聞いた夜を境に、白装束の女は——


まるで私の恐怖を味わい、試すように——以前よりも執拗に現れるようになった。


——夢の中。

そう思い込みたかった。

けれど、その感触はあまりにも生々しく、もう「ただの夢」とは言い切れなかった。


ある晩。

頬をくすぐるような、羽毛のように軽い感触に目を覚ます。

暗闇の中、白い袖が私の腕に絡みつき、ゆっくりと締めていく。

布の隙間からこぼれた黒髪が頬をかすめ、そのたびに百合の甘い香りと湿った吐息が鼻先をかすめた。


——カチ、カチ。

パジャマのボタンがひとつずつ外れる音が、異様に大きく部屋に響く。

冷たい指先が襟元から忍び込み、胸の曲線をゆっくりとなぞった瞬間、肺がきゅっと縮み、息が詰まった。


やがて、布はすべて剥ぎ取られ、裸のまま闇に晒される。

背筋に降りた吐息は氷のように冷たいのに、触れられた場所から熱がじわりと滲み出していく。


唇が首筋を捉え、乳首へと降りていく。

軽く吸われた瞬間、背骨の奥にまで甘い電流が走った。

舌は執拗に形をなぞり、吸い、また舐める。

その湿り気が冷たさから熱へと変わるたび、恐怖の隙間に甘い痺れが忍び込み、逃げ場を奪っていく。


声を上げようとしても、漏れるのはかすかな吐息だけ。

太腿の内側に湿った舌が這い、ゆっくりと奥へ——。

触れた瞬間、冷たい水滴のような感覚が、一瞬で熱へと変わり爆ぜた。

同じ場所を何度もなぞられるうち、耳奥で自分の鼓動が響き、胃の底がふわりと持ち上がる。


頭の中は真っ白になり、もう「やめて」という言葉すら浮かばない。

——そこで意識が途切れた。


朝、目を覚ますと、パジャマは床に落ち、下着すら身に着けていない。

全身は汗で湿り、あそこには夜の余韻を物語る生々しい湿り気が残っていた。

シーツまで濡れているのを見た瞬間、背筋に冷たいものが這い上がる。


「……私、どうなっちゃうの……」

逃げたい——はずなのに。


どこかでまた、あの感触を求めてしまう自分がいる。

その事実が、何よりも恐ろしかった。

そして気づけば、毎晩ではないが——


眠りにつく前に予感があると、必ずその夢を“待つ”ようになっていた。

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