第13話 ゆらゆらゆらり

「!?」


 デパートの中に入った瞬間、僕は衝撃を受けた。そこには無数の首吊り死体があった。


 天上から垂れ下がる人、人、人……


 目を疑う様な光景がそこにあった。


「…だからやめとけって言ったんだ。廃魚は討伐せずに放置すると、こうして仕留めた獲物で巣を作る。廃魚は生まれながら肉体が腐っている。そのせいか食事をしないから、どんどん死体が溜まっていくんだ」


 仕留めた獲物、つまりこのおびただしい数の死体は全てアンコウの被害者。

 僕は正直、アンコウのことを舐めていた。強いと言えど、今までの経験上大丈夫だろうと。だが違った。


 コイツは、今までの廃魚とは別の生き物だ。


「シッ、静かに」


 愛鈴がある一点を警戒する。その先にはズルズル、ズルズルと体を引きずり動くアンコウの姿があった。

 頭には周囲の首吊り死体と同じロープがついていてその先端にも人がぶら下がっていた。どうやらその人はまだ生きている様だ。


「あ…、た、助けて……」


 吊るされた人がこちらに気が付き、助けを乞う。


「まずい、逃げるぞ!」

「えっ!?」


 愛鈴に腕を引かれ、理解できないまま逃げる。初めはわからなかったが、すぐに理解した。


 気付かれたのだ、アンコウに。


 吊るされた人が助けを求めたことにより、そこに人がいるとバレたのだ。

 クルリと向きを変え、ヒレで地面を蹴り、腹を擦りながらこちらへ向かってくる。


「湊走れ!!!」


 愛鈴が声を張り上げる。その顔には焦りが見えた。

 全速力で追ってくるアンコウから必死に逃げる。デパートの地形を利用し、アンコウが入れない狭い隙間に隠れ、息を整える。


「くそッ、これだからアンコウは嫌なんだ。捕らえた人間をセンサーにしてやがる」

「愛鈴は、アンコウの生態を知ってるの」

「ああ、コイツは眼球が完全に腐っていてなにも見えていない。だから人間を使って周囲の状況を調べてんだ。一度、コイツとやり合ったことがあるから知ってる。相方は死んだがな」


 そうか。愛鈴はアンコウに、仲間を殺されているのか。だからあんなに……。


「こちらの事情を知らない他人がいる以上、隠れて上手く仕留めるのは不可能だ。それに、アレは音と気配に敏感だ。気付かれずに動くことすら厳しい」


 愛鈴はアンコウを睨む。まるで僕らを探す様に周囲を見回るアンコウ。吊るされた人は息苦しさからか苦悶の表情を浮かべている。


「長居するのは得策じゃない。何とか解決策を…」


 そう話をしようとした瞬間、天上から垂れ下がるロープが僕達の首を掠め取ろうとしなる。それを僕達は上手く避けた。


「ゆっくり話もさせてくれねぇのかよ!」


 あのロープは僕達の殺害と同時に居場所を炙り出すためのものだった様で、避けた時に立てた音がアンコウへのサインとなってしまった。


 咄嗟に愛鈴が武器を手にする。愛鈴の武器はピラルクから作られた大剣で、斬られた時に傷口が食いちぎられた様になるのが特徴だ。


 アンコウの方へ駆け出し、大剣を振り上げる。大型の武器を持っているとは思えないほどの軽やかな身のこなし。アンコウ目掛け、的確に振り下ろす。

 だが、アンコウも馬鹿ではない。明らかな殺意を察知すれば身を守る行動を取る筈だ。しかしアンコウはこちら側へ向かってきた。


 すでに振り下ろされた刃は確実にアンコウに当たる。そう思われた。だが当たったのは……


 アンコウの頭上に吊るされている人だった。


 致命傷では無さそうだが、傷口はガタガタで血がとめどなく溢れている。おそらく激痛だ。

 アンコウは知っているのだ。どうやったら僕達が攻撃できなくなるのかを。


「や、やめて…、殺さないで。死にたくないっ!」


 被害者が命乞いをする。当たり前だろう。首が吊られ、逃げ場の無い状態の中、自分を助けに来てくれた人間が自分を斬ったのだから。冷静さも失い、騒ぎ立てるのは容易に想像できる。

 その様子を見て、僕も攻めあぐねていた。すると愛鈴が小声で耳打ちしてきた。


「落ち着け。ここまでは想定内だ。アタシ達が今すべきことは頭上のロープを切り離すこと。それさえすれば、アンコウへの勝ち筋が見える」


 愛鈴の言葉で目的は決まった。ロープを切り離すことで、アンコウの手札の一つを削る。

 僕が周囲に矢を打ち込みアンコウを惑わせ、愛鈴がロープを切り被害者を救出するという作戦だ。


 被害者を救出するため、実行に移す。胸ビレ、尾びれ、周囲の壁、アンコウの周りで矢を打ち込めそうな所に片っ端から打ち込む。だが、アンコウは全く気にする様子がない。それどころか、愛鈴の居場所を的確に見つけ、突進してきた。

 予想外の行動に僕も愛鈴も判断が遅れた。幸い、その攻撃が掠ることはなかったが、アンコウの誘導に失敗した。突進した先は壁。このままだと一番初めにぶつかるのは被害者だ!


「い、嫌だ、やめて!か、壁!ぶつかるっ!!」


 被害者が叫ぶ。するとアンコウはピタリと動きを止めた。すぐに体勢を立て直し、こちらに向き直る。

 人間をセンサーにするアンコウ。壁にぶつからず、僕達の居場所も特定する。惑わすために打った廃魚の矢にも反応しない。


 反応、そうか、そういうことか。


「愛鈴、アンコウの攻略法がわかった!」

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