第12話 他人を思う故

ピーンポーンパーンポーン

「隊員の呼び出しです。中野隊員、大原隊員は隊長室へ来てください」


 隊長室への呼び出し。これは任務の呼び出しだ。


「お呼びでしょうか隊長」

「今回きさまらを呼び出したのはアンコウの討伐を任せたいからでち」

「はっ!?アンコウ!?」


 アンコウ。本来のアンコウは深海に住まう魚だ。頭にある誘引突起部分で獲物を誘き寄せ、捕食する。 

 だが、これはあくまで普通の魚だったらの話だ。廃魚となるとまた話が変わる。


「愛鈴は知っていると思うでちが、湊は知らないから説明しておくでち。アンコウはアビスオペラジックレベルでち。頭にあるロープの様なものが特徴でち」


 アビスオペラジック、紗代香さんを殺したオニダルマオコゼより格上。


「隊長あんまりです!!アタシはいいですが、湊はこの部隊に入ってからまだ一週間しか経っていないんですよ!それなのにアンコウへ向かわせるなんてっ!」

「うちも考えた結果でち。湊は状況判断能力に優れている。もしかしたら、アンコウへの打開策を見つけてくれると思ったんでち」


 愛鈴と隊長が言い合っている。口振りからして愛鈴はアンコウを知っているのだろうか。


「あの、アンコウと何があったんてすか」

「アンコウは今まで、討伐することができなかった廃魚なんでち。非常に知能が高く、狡猾で、多くの隊員を葬ってきた。だから、愛鈴はきさまを行かせたくないんでち」


 そうか、もう何人も死んでいるのか。だから愛鈴はあんなに抵抗して……


「隊長、アビスオペラジックレベルとバチペラジックレベルでは天と地ほどの差があるんですよ!だから湊はっ」

「わかっているでち!!!!」


 隊長は声を張り上げる。


「ウチだって、そんな所に送り出したくなんてないでち!でも、もうこれ以上被害者は増やせないんでち!」

「………ッ」

「ごめん、なさい……」


 愛鈴は怒鳴るのをやめ、隊長は消え入りそうな声で謝罪した。


 危険に晒されるのは仕事上仕方のないことだ。仕事をしていればこういった死ぬ可能性が高いものにも遭遇するだろう。

 だが、そうなった時、周りの人がどう思うか。こうやって苦しんでくれる人がいることを喜ぶのは不謹慎だろうか。


「愛鈴、やるよ僕。隊長、やらせてください」

「いいんでちね。自分から言っておいてアレでちが、死ぬかもしれないんでちよ」


 隊長が確認してくる。僕は迷わず首を縦に振った。


「ごめん愛鈴。でも、止めてくれたのは嬉しかったよ」

「……わかった。本人が了承しているんなら、アタシから言うことはねぇ。アタシはテメェを全力でサポートするまでだ!」


 愛鈴もいつもの調子を取り戻してくれた様だ。いや、正確には戻そうとしているが正しいかもしれない。肝心の本人である僕が了承したから否定するにできなかったのだろう。


「最後にウチから一つ。生きて帰ってくること。死ぬと判断したら必ず、この本拠地に戻ってくることでち。いいでちね」

「はい、隊長」

「よし。相手は首吊りのアンコウ。油断は許されないでち。被害の連鎖をきさまらが止めるでち!」


 隊長にそう言われ、僕達はアンコウの元へ向かった。


 着いた場所は寂れたデパート。壁にはツタが絡まり、ガラスが所々割れていて、いかにも廃墟といった風貌だ。


「湊、やっぱりテメェだけでも戻れ」

「どうして。僕が自分で行くって決めたんだよ」

「だからといって、わざわざこんな死に戦に行く必要なんかねぇんだよ。ここはアタシに任せて…」

「僕が戻っても、愛鈴はどうするの」


 愛鈴ら俯いていた顔を勢いよく上げた。僕の質問が意外だったらしい。


「愛鈴の言葉は、僕がアンコウと対峙したら確実に死ぬっていっているみたいだ。確かに僕はこの部隊に入ってまだ日が浅い。けど、そう簡単に死ぬつもりはない。それに、それだけ危険な廃魚に愛鈴一人で立ち向かうつもり?」


 僕は自分の意思と愛鈴への疑問をぶつけた。

 数多くの隊員を葬ってきたアンコウ。そんな危険な廃魚に一人で立ち向かったら愛鈴はきっと二度と帰ってこない。


 もう、紗代香さんの時の様な思いはしたくない。


「そうか。テメェは、もう覚悟を決めてんだな。じゃあやろうぜアンコウ討伐。勿論、二人でな!」

「っ!うん!」


 そうして、僕達は歩みを進めた。


 中に広がる地獄も知らずに。

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