第30話 癒しの顔ひまわり

——シンディ、さっきのはもう、やっちゃ駄目よ。


 そう言い残したリサが、ポーラと共に立ち去った後。

 儂はようやく、我に帰ることができた。どれくらいの間、呆然としておったのじゃろう?

 じゃ、じゃが、やむを得ぬ。なにしろ、突然の出来事の連続じゃったからな。え、ええと、リサの助言があって、回転なしで魔術を発動できて。

 そして突然現れたのが顔ひまわり。ポーラは突然現れた。故に、顔ひまわりはポーラ?

 駄目じゃ、色々あり過ぎて訳が分からなくなっておる。

 今日起こった出来事を整理せねば。


 ……まず、顔ひまわりじゃな。怖いが、今一度出現させて検証してみるか。

 ひとまず先程と同じ癒しの魔術で、にこりんぱ、と。

 あれ、出て来ぬ。魔術も失敗。先程はできたのに。

 ……い、今一度じゃ。にこりんぱ。ぐぬぬ。まだまだ。ぐぬぬ。ええい意地でも、ぐぬぬ。はっ!?

 いかんいかん。つい、余計な力が入っておった。もっとこう力を抜いて、笑顔のまんまでにこりんぱ、と。

 ずもももも……

 お、成功じゃ。目の前に現れた顔ひまわり。凛々しい顔でじっと見つめて、まるで成功した儂を褒め称えてくれておるようじゃ。

 なんじゃ、慣れてみれば案外良い奴じゃな。


 と思うておったら、顔ひまわりがすーっと儂に近づき、すり抜け、儂を包み込むようにして消えた。儂に残ったのは、身体が軽くなったような、癒しの魔術特有の感覚。

 それも、使った術式の割には強力な感覚じゃった。おそらく、癒しの効果も強くなっておるのじゃろう。

 そう言えば、足を挫いたはずのリサが普通に立って歩いておったな。

 と、いうことは。


 この杖は、顔ひまわりが出たとき、術の効果が高まるのじゃろう。しかも術を顔ひまわりに載せ、確実に対象まで届ける。

 魔術強化と自動追尾。優秀な性能、じゃな。

 ……なら、もしこれで敵を攻撃する魔術、例えば炎の魔術を使ったら、炎を噴きながら相手を追い掛け回す、名付けて炎の顔ひまわりが出現するのじゃろうか。

 いかん、試したくなってきた。じゃが屋敷の中で試すのは危ない。

 まあ、癒しの魔術で出す顔ひまわり、癒しの顔ひまわりならば安全じゃろう。こう、にこりんぱ、と。

 あれ、また出ぬ。にこりんぱ。ぐぬぬ。

 にこりんぱ。ずもももも……

 やっと出た。が、これは練習が必要じゃな。よし……


 ……はっ!?

 いかんいかん、気が付けば練習に夢中になってしまっておった。じゃがもう完璧じゃ。コツは掴んだ。

 よし、こちらはひとまず終了。


 で、あと、何じゃったか?

 ……ああそうじゃ、ポーラのこと。やはり顔ひまわりはポーラではなかった……ではのうて、ポーラがいつから寝室の中を見ておったのか、じゃ。

 もっと正確には、儂が魔術を使うところを見られてしまったのか、どうか。

 ……まあ、冷静に考えれば、これは大丈夫じゃろう。彼奴は廊下で悲鳴を聞いた、と言っておった。その悲鳴がどの悲鳴のことかは分からぬが、顔ひまわりが現れるまで、儂もリサも廊下に聞こえるほどの大声は出していなかったはずじゃ。

 じゃから、魔術を使うところは見られておらぬ。まあ、見られておっても、この杖なら魔術を使っておるようには見えぬじゃろうが。

 しかも、じゃ。


 にこりんぱ。ずもももも……


 儂は今一度、顔ひまわりを出す。儂は慣れたが、儂の背丈の倍ほど、大人の背丈よりも巨大な顔じゃ。

 初見では相当怖いはず。これを見てポーラが平静でおられるはずがない。


「ば、化け物ーっ!」


 そう、慣れるまでは、こうやって叫び声をあげるのが普通じゃ。って、ん?

 今の、声、は……?


「あ、あ、あ、し、シンディ様、逃げて、逃げて……」


 声のしたほう、を、向いてみた。すると、寝室の扉は開いておって。

 ……そう言えば、リサが出て行ったまま、儂は扉を閉めておらんで。

 そして扉のところで、サティアが腰を抜かしておって。


「だめーっ!」


 サティアの悲鳴。呆然と立ち尽くす儂。

 振り返ると、癒しの顔ひまわりが今まさに儂を飲み込もうとしておるところじゃった。



 しばらくして。


「ポーラさん、私、見たんです! 巨大な怪物が出て来て、シンディ様が食べられそうになってて……!」


 涙ながらに訴えるサティアと、涙ながらに聞くポーラ。そして眉間を押さえるリサ。

 悲鳴を聞いて駆けつけた2人にサティアは顔ひまわりのことを伝えた、のじゃが。


「サティア、よっぽど辛かったのね。幻覚まで見てしまうだなんて」

「本当です! 見たんです!」

「あ、うん、本当よね。そうよね、うん」


 ポーラには、サティアがおかしくなった、と思われてしまったようで。

 ……このままでは、理不尽じゃ。サティアはリサと違って儂のことを心配してくれたのに。リサと違って。

 じゃからサティアは正常じゃということは伝えたい。が、魔術のことは話せぬ。

 何か、手はないか。と、思案に暮れておったら。

 ネイシャが戻ってきおった。


「ただいま戻りました! 捕獲ばっちりです! ……あれ?」


 「捕獲ばっちり」。元気いっぱいにそう叫びながら……

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