第18話 途方に暮れて

 会議が終わり、しばらく経った後。リサは悩んでいた。2つのことで。

 ひとつは、ポーラから聞いたサティアの様子のこと。廊下ですれ違い、そのとき何かを言いにくそうにしていたので、自分から尋ねてみたのだ。

 サティアの様子はどう、と。

 そういえばポーラはサティアを連れて部屋を出ていたんだっけ、と思い出したからこその質問だったが、口にしてから、リサは自分でも馬鹿なことを聞いた、と悟った。

 サティアはまだ14歳なのだ。あのときの取り乱しようから短時間で平静になれるはずがない。


「その、サティアは、ラセル様のことが心配なようでして」


 案の定、ポーラは言葉を慎重に選んでいる。

 やはり無神経だったか、とリサは内心で反省した。


 家族が誘拐されても慌てない。リサもこの姿勢を崩す気はない。

 けれど、自分の言っている内容が正しいかどうかとそれを相手に言い聞かせることが正しいかどうかは別の問題。どんな正論も、それを受け入れるだけの素地が整っていない、あるいは、整っていなくて当然の相手に受け入れさせようとすれば、暴論になる。

 ゼルペリオ家の家訓の一つであり、使用人にも徹底していることだ。部下を指導するときは、何を教えたいかではなく、それを受け入れる素地をどうやって整えるかを先に考えろ、と。目上に立つなら目下の者に対してこの気遣いを持て、と。

 他家からは「甘い」と言われることもあるが、この家訓があるからこそ、この家は何代にも渡って優秀な人材を育てて来られたのだ。

 だからリサも、使用人と接するとき、この点には注意するようにしていたのである。驕る気はないが、自分は元冒険者。他の人は自分ほど肝が据わっていなくて当然、と。

 それなのに、一番肝が据わっていなくて当然のサティアの前で、あの言動。完全に失態だった。


「馬鹿なこととは思うのですが、皆様が捕まっている場所を探し出して助け出す、ということができる方はいらっしゃらないものでしょうか」


 だから、ポーラのこの言葉を、馬鹿なこと、と断じる気にはなれなかった。

 実際には困難、というより、安易にやるわけには行かない方法だが。


 人質の幽閉場所を探しに行くのは、却って危険なのである。下手に幽閉場所が見つかり、それで誘拐犯がパニックになれば、そのパニックのせいで人質が殺されてしまうことがあるから。

 大人数でしらみ潰しに探すような真似をしたら、そうなる可能性が高い。かといって、探していることを相手に気取られない程度の人数では、手掛かりなしでは見つからない。

 ポーラの言う通りのことができればサティアを無用に追い込まずに済む、とは思いつつも、リサには具体的な方法が思い浮かばずにいた。悩ましいことだった。


 そして、リサが頭を悩ませているもう一つの原因は……


「シンディ、いいかしら? 入るわよ」


 いつも通りシンディの様子を伺いに来て、目の当たりにした光景である。

 寝室の中には、これでもかと言うくらい大量の本が並べられていた。子どもには難解な魔術の本が、テーブルの上に乗りきらず、ベッドの上にまで。

 そしてシンディはぶつぶつ言いながら本を読んでいて、リサのことに気付いていない。いつかポーラから聞き、サティアからも現場の様子を聞いた、シンディの異常行動だった。

 ちなみにネイシャは暇を持て余していたのか、人形で遊んでいる。7歳のシンディが読書に没頭している横で、18歳のネイシャが。


 ……この子たち、これで怪しまれないと思ってるの?

 実際に見るとやはり異常な光景を前に、リサは以前と同じ疑問を抱く。そこで頭を整理するために、ひとまず部屋から出ようとして……


「あ、リサ様。どうぞどうぞ」


 ネイシャに入室を促され、出られなくなってしまった。そしてシンディも、ネイシャの声で気付いたのか、顔を上げてリサを見つめる。

 ネイシャ同様、今この部屋に異常なことなど何もない、とでも言いたげな顔で。

 この状況で自分はシンディの前世に気付いていない振りを続けられるのか。必死に平静を装いつつ、リサは途方に暮れるのだった。



 一方、その頃。

 ゼルぺリオ家の屋敷から遠く離れた場所で、困っている人物がいた。歯垢まみれの歯を持つ男、マルドス・レイボルト。

 彼は今、自分の屋敷で、届いた報告と向き合っていたのである。


 西の森への兵隊の派遣。この計画は、費用が低く済むはずのものだった。森に着けば滞在に必要な物資や資金を現地調達できるから。

 けれどその兵隊はまだ領境の手前で待機していて、必要な食料を近くの街から調達している。

 計画では、兵士長のオージンがゼルペリオの人間を脅し、戻って来た後はすぐに進軍する手筈だった。そのため待機の期間は短く見積もっていたのだが、この見積りがいきなり狂ったのである。


 兵の士気が高ければ飲食の量が増す。人数も多いので総額はばかにならない。

 その原因がオージンの先走りにあることを知らないマルドスは、請求書の束を前に、一人途方に暮れるのだった。

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