第19話 魔術のいりぐち

「あ、リサ様。どうぞどうぞ」

 

 と、ネイシャの声が聞こえ、儂は書物から目を離す。そして気付けば、寝室の入り口にリサが立っておった。

 そうじゃった。確か儂は、リサとの会話を魔力の話題に持って行くため、ネイシャと2人がかりで書庫から書物を持って来ていたのじゃった。

 うむ、書物の中身が意外に興味深かった故、すっかり忘れてしまっておった。

 何しろ儂が今見ておった術式、さほど難解ではないが今まで儂が考えもせなんだ発想があって、なるほど儂ならここをこうしてあそこをああしてと考えて、ああもう魔力操作ができれば今すぐ試したいのじゃが……っと、いかんいかん。また忘れるところじゃった。

 じゃが大丈夫。今、リサの目には、儂らが持って来た書物が映っておるはず。この寝室の目につくところに置いたのじゃから。

 これならばリサも話題にするはずで……話題にするはずで……

 あれ?


 何故じゃろう。リサは寝室の入り口のところで、固まっておる。顔が引きつっておると言うか、必死に平静を装おうとしておるような表情で。

 はて、何かおかしなことでもあるのじゃろうか。このままいつものように部屋に入ってきて、自然の流れで魔力の話に移ってくれれば良いだけなのじゃが。

 と、思うておったら。


「シンディ」


 リサはにっこりとした笑顔を浮かべた。どうやら、儂らの意図を汲んでくれたようじゃ。


「はい、おかあ様」


 じゃから儂も、期待を込めて、シンディらしく応じたのじゃったが……



 リサは反応に困っていた。シンディが自分を見つめる目。ネイシャが自分を見つめる目。

 パッチリ開いて真直ぐに見つめてくるそれらの目に対し、どう応じたらいいものか、と。

 けれど、すぐに事態を察した。

 部屋の中に散らばっているのは、いずれも魔術書や、魔力に関する事柄を書いたものばかり。そしてシンディとネイシャはときどきそれらの本に一瞬だけ視線を移しては、再び自分のほうに目を向けてくる。

 いつ気付くだろう、と言わんばかりに、ちらちらと。

 だから分かった。この子たちは、自分に、魔力に関する話題を振って欲しいのだろう、と。

 そして同時に腹が立った。普段、こういうことで周りから怪しまれないように気を揉んでやっているというのに、そんなこと知ったことじゃない、とでも言わんばかりの有様だったから。


 この子たちにはお灸を据えなきゃならないのかしら。でも、こんなことしてたら正体ばれるわよなんて注意したら、自分がシンディの前世に気付いていることをシンディたちにばらすことになる。かと言って、こうも露骨にアピールしているものに触れずにいるのも変だし、でもこの露骨なアピールに、はいそうですかと乗ってやるのも癪だし。

 リサの思考はぐるぐると回っていた。入り口で立ったままで。そして、結局……


「シンディ」


 もうこうするしかない、と判断し、にっこりと笑いながら……


「はい、おかあ様」

「お外は風が気持ちよさそうだから、少しお散歩に行きましょうか」

「はい、おかあ様。さっそく、まりょ……え?」


 葛藤の原因から距離を取ることにした。


「あ、ネイシャ、書庫から持ち出した本、全部戻しておいてね。あと、次からは、一度に持ち出す本は一冊までにしなさい」


 そして事態の再発防止のため、釘を刺すことにしたのだった。



 夜。


「ぐぬぬぬぬぬぬ……ぐぬぬぬぬぬぬ……」


 夕食後に寝室に戻った儂は、いつものように魔力循環の印を結び、いつものように上手く行かず、いつものように唸っておった。

 リサは結局、魔力の「ま」の字も言うてくれんかったし。

 あの母親、鈍感さの故か儂の前世のことに気付かぬのは助かるのじゃが、こういうときにまで鈍感すぎるのは困りものじゃ。最初の子を産んでから19年経っておる割には若く見えるが、頭の中身のほうはきっとそれ以上に若いのじゃろう。

 じゃから、儂が腹を立てても仕方あるまい。


 じゃが、魔力操作のことはなんとかせねばならぬ。印は間違っておらぬはずなのに、魔力が動く様子が全くない。魔族ならば子どもでもこの印で魔力が動くというのに。

 ……人間には魔力を操れぬ、などということはないはずじゃ。現にネイシャは手刀を振るうとき、魔力で身体を強化しておるはず。さもなくば身体が持たぬ。

 まあ此奴のは武術の鍛錬で無意識に身に着けたものじゃろうから、儂に同じことはできぬが。

 じゃが、前世で儂に挑んできた人間の中にも魔力を使う者は大勢おった。無意識にではなく、明らかに意図して。その方法が分かればいいのじゃが、一体……


「むう」

「どうしました? 魔王様」


 つい声を漏らすと、儂の髪を三つ編みにして遊んでおったネイシャが尋ねてくる。

 儂は順に説明した。すると、前世で挑んできた、の辺りで一言。


「そういえば、杖で魔力使う敵から杖を奪うと戦えなくなってましたね。面白くないのですぐ返して戦わせてましたが」


 杖。

 後半部分はともかく、至極単純な話じゃった。杖を使えば楽かも知れぬ。

 じゃが、杖か……

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