第12話 はじめての政治経済

 お茶会の後も儂の調査は続き、やがて時間が来て、サティアが寝室を去った。

 そこで儂は、今日一日で分かったことをネイシャに伝えた。情報の共有は大事じゃ。


「なるほど、そうだったんですね!」

「ネイシャよ、お主、絶対分かっておらんじゃろ」


 そのネイシャは、途中から口をぽかーんと開けたままになり、終いには無理矢理作ったような笑顔で勢いよく誤魔化しおったが。

 そう、無理矢理作った笑顔。誕生会で儂が叫んだのを誤魔化したときの……ま、まあ良いじゃろう。此奴にはこの手のことは難しすぎる。

 ともあれ。

 危険極まりないはずの、この地。ここが豊かな理由は、ゼルペリオ家が冒険者を上手く使えておるところにある。


 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン……


 この地は魔物が集まる故に、魔物を狩る冒険者も集まる。それは、単に生計を立てるためというだけではない。戦う強さを求めてのことじゃ。

 強さというものは、嘘を吐かぬ。嘘や誤魔化しで生きる中身のない貴族も、強さという点に関してだけは、嘘を吐けぬ。

 人が強さを求める理由の一つはここじゃ。嘘の吐けぬものを自身の中に持ち、醜い嘘など吐かずとも生きられるようになるために。

 じゃから、強者であればあるほど、自身を鍛え上げることに余念がなくなる。そう。今儂の目の前で手刀の素振りをしておるネイシャのように……って。


「ネイシャよ、唐突に、何をしておるのじゃ?」

「その、頭を使ったら疲れちゃったので、少し体を動かそうかと」

「そ、そうか」


 ま、まあ、ネイシャはネイシャでよい。


 ヒュンヒュン……ヒュヒュヒュヒュ……ヒュピピピ……


 だんだん音が速くなって来ておるが、まあ良い。

 しかも、肩から先が見えなくなるほど素早く両腕を振り、それでいて体幹はぶれず、特に顔はまったく動かずに儂をじっと見ておるのが怖いが、そこもまあ良い。

 と、とにかくじゃ。

 この地に集まる冒険者は、森の奥深くに入ってより強い魔物と戦うため、自身の技だけでなく装備品や道具も高めて行く。結果、それらを作る職人が増え、その職人の技術がまた街を発展させる。

 医者の需要も高まり、医療も発展する。魔物から得られる素材も大きな財源となる。珍しい牙や角を欲しがる好事家も集まり、金持ちである其奴らが滞在して街に金を落とす。

 

 ヒュババババ……ヒュババババ……


 そして何より、冒険者たちが魔物を減らしてくれるおかげで、騎士や兵士の負担が減る。それは税負担の軽減に繋がり、領民の暮らしを支える。豊かな街は冒険者たちに居心地の良さを与える。

 冒険者は自由業であるが故に一か所に落ち着くことが少ないのじゃが、この街には長く留まる者が多い。兵士に転向して街の治安に貢献してくれる者もおるほどじゃ。そして長く滞在した冒険者は、次の世代を育てる。

 この街には良き反復が出来ておる。

 ちなみに今、ネイシャは、腕を振った後の残像に次の一振りを重ね、その残像にさらに次を一振りを重ね、と繰り返すことで、点滅する腕が何十本も生えておるかのような姿になっておる。

 良いものかどうかは分からぬが、これも反復というものじゃ。

 ……うむ、人前では控えるよう、後で言っておこう。目がちかちかする。


 ともあれ、西の森と冒険者の存在はこの街にとって豊かさの源、なのじゃが。

 これは、裏では他の貴族家のやっかみを買うもとであると同時に、他家がゼルペリオ家に手出しをできぬ理由にもなっておるようじゃ。

 やっかみを買うのは単純な話で、この地には他の領地にはない豊かさがあるから。中身のない貴族、特に血筋のみに頼っておるようなところからは、疎まれる。

 ゼルペリオ家が辺境伯、つまり、形式は伯爵じゃが外敵の侵入を防いでおるという理由から爵位以上の厚遇を受ける地位じゃということも、やっかみに拍車をかける。まあ伯爵位というのも結構な爵位なのじゃが。

 この辺りは前世の知識込みでの予想じゃが、記録の中には、ちまちまとした嫌がらせを受けた形跡もあった。

 じゃが、ならば他家がゼルペリオ家を潰してその地位に成り代わることを目論むかと言うと、なかなかそういった事態にはならぬようじゃ。おそらくじゃが、冒険者には強者と荒くれ者が多いからじゃろう。


 ヒュババヴゥワァァン……ヴゥワァァン……


 冒険者のように戦う力を持つ者は、たとえ礼節を弁えておっても、他者を委縮させてしまうことがある。力というものは恐れを生んでしまうのじゃ。

 今、風切音にうねりが生じるほどの速さで手刀を連打しておるネイシャなど、見る者によっては恐怖そのものじゃろう。近づいたら死ぬ。

 そして、荒くれ者は、自身に対して恐れを抱く領主の下におると、つけ上がる。その結果、冒険者全体の質が下がり、魔物に対抗しきれなくなる。

 為政者が強者を抱え込むには胆力が必要なのじゃ。余程の馬鹿か自信家でなければこの地へは手を出せぬはずじゃ。


 じゃから、儂は夢にも思わなんだ。その馬鹿か自信家、多分馬鹿のほうが現れるとは。

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