第13話 早すぎた危機
話は少し前、シンディたちが書庫から出てきた数分後に遡る。
「え?」
と、リサは言葉を失った。昼下がり、お茶を淹れに自室を訪れたポーラから予想外のことを聞いてしまったからだ。
それはもちろん、シンディたちが持ち出していた本のこと。
ゼルぺリオ領の領政史、王宮歴代侍従長の日記の写本、商会代表者会議の会議碌。どれも貴重な資料だが、子どもが興味を抱くものではない。大体、読むのには前提知識が必要な資料だ。
簡単な読み書きしか教わっていないシンディに読めるはずがない。
「やっぱり驚きますよね、リサ様」
と、ポーラ。彼女が言う通り、リサは驚いていた。別の意味で。
あの子たち、これで周りから怪しまれないと思っているの、と。
そして人形のような動作で紅茶のカップを口に運び、啜るように一口。
「熱っ」
「リ、リサ様! お水、お水取ってきます!」
冷まさずに口に入れた紅茶は思いのほか熱く、それでリサは我に返る。
そして、まずい、と感じた。
この調子ではいずれ、誰かから正体を問い質されることになってもおかしくはない。でもそうなったら面白くない。
できれば、あの子たちには正体を隠せていると思わせておいて、ある日突然指摘して驚かせたい。
などと考えていたら。
「リサや、ちょっといいかね」
ポーラが戻ってくる前に、マーサがやって来た。
お茶の相手がいないので混ざりに来たのだという。そして、もともとポーラが持って来ていたお茶と菓子、そしてカップの数には、余裕がある。
結果、マーサを交えた3人でのお茶会が始まることになり……
「は?」
自然の流れで、話題はシンディのことに。ポーラから一部始終を聞いたマーサが呆れの声を上げる。
こうして、シンディの異常さは本人たちが気づかないまま周囲に知られはじめ……
「あ、あの、お義母様、それ本当に読んでるんじゃなくて、読んだ振りして大人ぶってるだけなんじゃないですか? シンディにはまだ読めるわけないですよ」
「うーん、やっぱり、そうだよねえ」
と、なんとかこの場は誤魔化したものの、リサはこの後、娘の異常さを目立たせないよう気を揉み続けることになるのだった。
◇
しばらくして。
儂は、だいぶ今の世相のことが分かってきた。最近、リサがやたらと儂の面倒を見るようになったからじゃ。
儂が知りたいことも、色々教えてくれた。儂が書庫を漁る必要もないほどに。育児嫌いの母親と思っておったが、意外に世話好きじゃったらしい。助かる。
そして魔力のほうも、ほんの僅かじゃが動かせるようにはなった。
そんな風に順調に進んでおった、ある日のこと。
「じゃあ、また次の休暇には戻るよ。それまで皆、元気でね」
そう言って、長兄のロイドが屋敷を発った。ロイドは王都にていくつか事業を営んでおるようじゃった。
今回はシンディの誕生日に合わせて休暇を取っておったらしい。
ともあれ、今は兄と離れる場面。儂はシンディらしく振る舞わねばならぬ故、僅かな間だけ、自身の行動を記憶にあるシンディに委ねた。
「シンディ様、寂しくなりますね」
儂はそう語るネイシャに自然としがみつき、撫でられながら馬車を見送った。
それからまたしばらくして、今度はグリオが馬車に乗る日が来た。
グリオは領主の仕事で王城に用があるらしい。次の領主である父も経験のために同行することになった。
儂はシンディらしく振る舞わねばならぬ故、ロイドのときと以下同文にグリオと父を……ん? 父?
ここで気付いた。儂、父の名前、憶えておらぬ。
シンディの記憶を探っても、ピンと来ぬ。むう。
じゃから、馬車を送るまでは何事もない振りをしてやり過ごし……
「ネイシャ、儂の父親の名前、何じゃったか?」
「え、あれ?」
「……お主、まさか、知らぬのか?」
「え、で、でも魔王様もご存じないでしょう?」
「ぐ、ぐぬ……」
寝室に戻ってネイシャに聞いたのじゃが、これじゃった。
ま、まあそのうち分かるじゃろう。急ぎ必要な情報でもないし。
と、儂は暢気に構えておったのじゃが……
◇
数日後。
突然、屋敷に変な男が現れた。
「やあやあ! 領主並びにご家族の皆様が誘拐されたとあっては、さぞご不便でしょう。その間、我がレイボルトがこの地をお守りしましょう!」
このようなことを叫んで。
誘拐? と皆が首を傾げる中、男はバーチスの手でつまみ出された。
じゃが、その日、街に出たラセルが夜になっても戻らなかった。そして翌日、グリオと、ええと、父が失踪したという報せが届いた。さらに翌日、ロイドが失踪したという報せまで届いた。
明らかに、単純な失踪ではなかった。何者かが裏で糸を引いておることは明白。つまり、誘拐。
そして、大勢の兵隊が領の近くにおるという報せまであった。
察するに、先日の男は誘拐犯の一味で、本当は屋敷に報せが届いた後で現れる手はずじゃったところを、何かを待ち切れず、先走ってしまったのじゃろう。
何がそんなに待ち切れなかったのかは分からぬが、こうして事件の幕は開いたのじゃった。
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