第27話_“戻るドア”の正体

 午前十時、理科準備室の窓から差す光が、角度をゆるやかに変えていた。藍は腕時計とコンパスを交互に見て、紙に大きな○と矢印を描く。

  「昨日の再現で“閉じる”までは確認できた。今日は“戻る”の条件を数値にする」

  机の上には白糸、滑車代わりのプラリング、デジタルばね計、角度計、そして校内地図。

  有里が放送室のドアを全開にして固定する。蝶番の根元には小さなゴムスペーサーを挟み、扉が勢いよく動かないようにした。

  「この位置からノブに糸を回す。引く角度は廊下の角から――昨日の擦れ帯の位置」

  慎太郎がチョークで床に目印を付け、藍はそこから角度計を当てる。

  「基準は42度。廊下の幅と人の肩幅を考えると、この角度が一番“不自然じゃない”」

  翔也が糸を張り、ばね計をノブと角の間に入れる。

  「負荷は……0.6ニュートン」

  「軽いね。これなら人が通っても気づかない」

  結香が手帳に数値を書き込む。

  「次、糸の材質を変える。透明ポリエステル、直径0.12ミリ」

  藍が指示し、翔也が慎重に張り替える。ノブの座金上部に糸を滑らせ、角の床で軽く固定。

  「同じ角度で引く」

  白糸のときと同じ動作なのに、光を当てないと糸はほとんど見えない。

  「負荷は0.55ニュートン。やや低い」

  莉菜が横からスマホで動画を撮り、スロー再生に切り替える。画面には、ノブが静かに回って閉まる瞬間が映っていた。

  「……戻るのは、この負荷のあと。蝶番側の“反発”とドアの自重で、半開き状態になる」

  有里がドアを押し戻し、再現を確認する。

  「反発角は15度前後。だから、一瞬閉まったあとに“ゆるく開く”」

  「閉まったままにするには、負荷を一秒以上継続すればいい。でも、それは不自然になる」

  藍が結論を書き、カードに貼った。

  《負荷0.5~0.6N/角度42度/反発角15度→戻り》

  純一が手を挙げた。

  「もし糸が切れたら?」

  「切れたら負荷ゼロ、ドアはその場で止まる。……だから糸の耐久は、予想より高い」

  藍は透明糸の耐荷重を計算し、1.5キロまで持つと記録した。

  「日常的な接触じゃ切れない。意図的に触らない限り、気づかれにくい」

  次は安全策の提示だ。

  「白糸のガイドは継続設置。さらに角には“踏むと鳴るマット”を置く」

  有里が準備していた黒いマットを敷く。踏むと「ピッ」と短い電子音が鳴った。

  「これで角から引こうとすれば音でわかる」

  「子どもも遊びで踏むだろうけど、それでいい。“鳴る=注意”を刷り込む」

  彩加が笑ってうなずく。

  作業の合間、翔也がぼそりと呟いた。

  「でも……これ、遊びでやってる人だったらどうする?」

  藍は少しだけ沈黙してから答える。

  「遊びでも、危険になる可能性がある。――だから“やめさせる”じゃなく、“やらない理由”を見せる」

  有里が頷き、ポスター案に『遊びの糸は事故の糸になる』と太字で加えた。

  全員で設置状況を写真に収め、校内掲示板に報告を貼る。

  ・白糸ガイド常設

  ・角マット設置

  ・再現映像QRコード添付

  「これで“戻るドア”は見える形になった」

  藍が呟き、今日の実験は終了した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る