第26話_“光る線”を追う

 放課後の四時前、廊下の窓ガラスから西日の帯が差し込み、掲示板の上辺を浅くなでていた。藍は腕時計で角度を確かめ、スマホライトを逆手に持つ。照らす位置は低く、床すれすれから。

  「いくよ。光源は斜め下、角度は二十度前後」

  有里がうなずき、周囲の子どもたちに「今から検証。通るときは右側」と声を掛ける。慎太郎はコーンを二つ置き、可動の導線を作った。

  光が走った。――一瞬、掲示枠の上辺から床の一点へ、髪より細い直線の反射。すぐに消え、また現れる。

  「見えた」

  純一が息をのむ。藍は反射が“出た瞬間”の位置を、チョークで小さな点に置き換えた。上、枠の右端から八センチ。下、床の目地から一つ左。

  「線は真っすぐじゃない。空調の風でわずかに揺れる。――でも、両端は固定だ」

  有里が膝をつき、下端の“点”をへらでそっと撫でる。目地の隙間から、ごく微細な透明の糸端が顔を出した。

  「引かないで。まずは記録」

  藍の声に、結香がスケールを当て、方眼シートを上から軽くかぶせる。透明糸の位置はシートの十字とほぼ一致した。

  「固定法は?」

  「目地の奥に薄いテープ。糸は“返し”を作らず、ただ這わせてある」

  彩加がライトを消し、今度は自然光だけで観察する。反射は消えた。

  「“見える時間帯限定”の仕掛け。見つけにくさが武器」

  藍は上端へ視線を移す。枠木と壁紙のわずかな段差に、米粒ほどの透明テープが縦に一枚。そこから糸が外へ回り、枠の角を“引きやすい角度”で越えている。

  「角で擦れた痕、あるね」

  莉菜がマクロ撮影し、メモに“角=負荷点”と追記した。

  「これ、昨日の“落下”のときと同じ角度?」

  純一の問いに、藍は手帳をめくる。

  「一致。“上から下へ”じゃなく、“下から上へ”に負荷がかかった痕――“点のえぐれ”がそれ」

  続いて放送室。ドアの前で慎太郎が人の流れを止め、藍がノブの根元をルーペで覗く。

  「昨日の点検で見た“座金の返し”。――ここ」

  金属の縁に、糊の残りが米粒ほど。剥がれかけた透明テープのカケラが、光で辛うじて輪郭を見せた。

  「ここから“上に糸を上げて、角から引く”。廊下の曲がり角の床、見て」

  曲がり角には、幅一センチ、長さ十センチほどの“磨かれたような”細い帯。

  「昨日の“擦れ跡”だ」

  彩加がうなずく。

  「角に立って外側へ軽く引くと、ノブが戻ってドアが閉まる。――でも、今日は再現しない」

  安全のために藍が釘を刺す。

  「代わりに“見える糸”で再構成する。白糸、太さ0.8。引き角度、距離、位置――全部“可視化”して確かめる」

  有里が白糸をノブの“上に回す”。座金の裏に糸が潜らないよう、紙テープでガイドを作る。角の床にフェルトを1枚、擦れの再発を防ぐためだ。

  「合図で引くよ。楚々と、わずかに」

  翔也が角に立ち、肩で呼吸を整える。純一はタイマーを持つ。

  「さん、に、いち――」

  白糸がまっすぐ張り、ノブがわずかに回って、ドアは“パタン”と閉じた。

  「再現完了。白糸なら誰の目にも見える」

  藍は板書用カードに、図解を描く。

  《危険:糸で引くとドアが閉じる/見えない糸=発見困難→“白糸のガイド”で可視化》

  「“やり方”の暴露じゃない。“防ぎ方”の提示。ガイドを常設すれば、“不可視の経路”は使いにくくなる」

  点検は校庭へ移る。昨日、低学年の子が「万国旗の一部だけが揺れていた」と言っていた場所だ。ポールの根元に皆が屈む。

  「ジョシュア、日没前に“斜光”。お願い」

  「OK」

  夕陽が角度を変え、旗の列の末端だけに薄い金糸のような線が浮いた。風は弱い。揺れているのは確かに一枚だけ。

  「糸は旗の“末端”から下へ。ポール根元の金具、ここ」

  有里が指を入れ、金具と地面の間から細い反射を拾う。微細な擦れがリングの内側にあり、糸が金属を通った痕跡を示していた。

  「角度を変えると、糸は消える」

  藍は小声で言い、ライトを斜めに当てる。線が戻る。

  「“選択的に揺れる”のは、糸の長さとテンションで波を“誘導”してるから。――詳しい理屈は、明日」

  莉菜が“旗:末端結び/根元擦れ/夕刻のみ出現”とカードに書く。

  「今日は“見える”を積む日」

  証跡を集め終えると、藍は全体の位置関係を板書の地図に落とした。

  【地図】

  ・図工室前掲示:上辺→床(点)

  ・放送室:ノブ→角(擦帯)

 ・校庭旗:末端→根元(金具擦れ)

  ――どれも“角”と“端”を使い、糸を“引ける角度”で設置してある。

  「設置者は“授業の導線”を理解している」

  慎太郎が言う。

  「人が多い時間帯に触らなくても、光と時間で“気づきにくい”を選んでいる。混乱は最小で、注意は最大」

  「“落として困らせる”から、“見せて気づかせる”へ――意図が変わった?」

  彩加の問いに、藍は少しだけ目を伏せる。

  「“意図”は断定しない。でも、“技術”は連続している。糸を操れる手」

  結香が静かに息を吸い、提案した。

  「“見えるガイド”を三カ所に置こう。掲示は“白糸の補助”を継続、放送室は“ノブ上ガイドと角フェルト”を常設、旗は“末端フラッグ(白)”を付ける。全部、右下に🔍🪞」

  「賛成」

  莉菜はA3ポスターのレイアウトをその場で組む。

  見出し:『透明の糸に気づくための三つの見方』

  ① 斜め下から光を当てる(ライト・夕日)

  ② 角と端を観察する(擦れ/糊の残り)

  ③ “見える補助”を足す(白糸・フェルト・小旗)

  「“やめましょう”じゃなく“こう見ましょう”。行動の言葉にする」

  彩加が文を整え、慎太郎が掲示許可の印をもらいに走った。

  後片付けの最中、瑛太が躊躇いがちに近づいた。

  「……僕、放送室のノブの“テープ片”、見たかもしれない。昨日の掃除のとき。剥がしていいのか迷って、そのままにした。叱られたくなくて……」

  藍は首を横に振る。

 「叱らない。次は“見つけたら言う”。見つけた人が“正解”になる仕組みに変える」

  彩加が“見つけたら🔍🪞”カードを一枚渡す。

  「これ、貼ってね。『見つけたよ、次の人へ』って合図」

  西日がゆっくり角度を下げ、さっきまで見えていた線が、何事もなかったように消えていく。

  「明日は“ドア閉鎖の再現実験”。白糸で安全に、距離と角度を測る」

  藍が予告し、有里が測り紐を巻き取る。

  「旗の“選択揺れ”も原理を説明しよう。小さなタクトみたいに、糸の伸縮と固定点で動きを選べる」

  莉菜はポスターの余白に“明日やること”を箇条書きにした。

  『27:ドアの“戻り”と糸角度の相関/28:旗の末端追加と波の誘導』

  「29は“糸禁止ゾーン”の明文化、30は“糸を見つける遊び”。――順番を守って、怖く終わらせない」

  掲示の右下で、🔍🪞が細く笑っている。

  “見えない”は、見方で“見える”に変えられる。

  そのための線を、今日は三本、確かに結び直した。

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