第20話_夜の足跡と裏門の影

 ワークショップの最中に見つかった“見知らぬ靴底”の足跡は、参加者全員の興味を一気に引きつけた。校庭に響くざわめきが、徐々に緊張を帯びた囁きに変わっていく。

  翔也が裏門へ向かい、有里は文化部の先輩たちと校内を巡回。残った彩加たちは、足跡の記録と周辺確認を進めた。

  「この向き……裏門に向かって一直線だ」

  藍がしゃがみ込み、足跡の間隔を測る。

  「歩幅は規則的。急いではいないけど、迷いもない」

  「目的地がはっきりしてたってことだな」

  慎太郎が眉をひそめ、透明アクリルに写した靴底の型をバッグへしまう。

  裏門に到着した翔也から無線が入る。

  『施錠はされてた。でも……鍵穴の周りに小さな擦り傷がある』

  「こじ開けようとした跡?」

  彩加がつぶやくと、翔也が続ける。

  『いや、多分細い金属棒で何度か差し込まれた感じ。鍵は壊されてない』

  「試したけど、開けられなかったってことか」

  藍が短くまとめる。

  一方、有里からも報告が届いた。

  『校内に不審者はいない。物品庫や体育館も異常なし』

  「となると、侵入は試みたけど諦めた……?」

  純一が首をひねるが、カロリーナは首を横に振った。

  「違うと思う。足跡は柵の外に続いてたでしょ? あの人、裏門を通らずに柵を越えた可能性が高い」

  その言葉に、彩加の胸がざわつく。裏門の先は農道があり、さらに進めば小さな林が広がっている。そこは昨年の文化祭準備中に、夜間騒ぎがあった場所だ。

  「……確認に行こう」

  彩加が決断すると、慎太郎と藍、ジョシュアが同行を申し出た。純一は校庭に残り、ワークショップの安全を守る役に回る。

  柵の外に回ると、湿った土にくっきりと足跡が残っていた。

  「やっぱり同じ靴だ」

  藍が膝をつき、靴底の“R”マークを指さす。足跡は林の方へと伸びており、ところどころで土が深く抉れていた。

  「ここ……下り坂だ。勢いよく降りたんだろう」

  慎太郎が周囲を見回しながら言う。

  林に入ると、木々の間から微かな金属音が響いた。風に揺れる枝葉の音に紛れ、かすかに“カチャリ”と何かを外すような響き。

  「止まって」

  ジョシュアが低く声をかける。彼は耳を澄ませ、音の方向を指差した。

  音の元へ近づくと、そこには古びた資材置き場があった。昨年の文化祭で使った木材やパイプが積まれている。

  「誰かいる……」

  藍が囁き、慎太郎がそっと覗き込む。

  資材置き場の影に、フードを被った人物がしゃがみ込み、何かをケースから取り出していた。それは銀色に光る工具セット。手元でカチリとレンチが組み替えられる音が響く。

  「……作業じゃなく、開錠用だ」

  藍の声が緊張を帯びる。彩加は息を呑み、仲間たちに後退の合図を送った。

  その瞬間、フードの人物が顔を上げた。鋭い視線がこちらを射抜き、わずかに口元が動く。

  「……見られたか」

  低くつぶやいた声が、林の冷たい空気を震わせた。

  次の瞬間、人物は工具を掴んだまま林の奥へ走り出す。

  「追う!」

  ジョシュアが先頭に立ち、慎太郎と藍が続く。彩加は無線で翔也に連絡を入れながら、全力で後を追った。



 裏門脇の砂利道には、まだ踏み固められていない湿った土が残っていた。慎太郎が懐中電灯を足元に向けると、くっきりとした靴跡が数メートル先まで続いている。

 「昨日の雨で地面が柔らかくなってたんだな……」

  低く呟く声に、結香は背筋を伸ばした。靴跡は裏門の外から中へと続き、途中で資材置き場の陰に消えている。

  全員が足音を殺して近づく。物陰から覗くと、そこにはフードを目深にかぶった人物がしゃがみ込み、何か袋のようなものを触っていた。

 「誰だ……?」

  翔也が思わず声を漏らすと、その人物はびくりと肩を震わせ、次の瞬間に立ち上がって駆け出した。

 「待て!」

  慎太郎の号令と同時に、懐中電灯の光が闇を裂き、逃げる背中を追う。だが林の入り口まで来たところで、足元の落ち葉が滑り、結香が体勢を崩した。追っていた翔也も反射的に立ち止まる。

  林の中は昼間でも薄暗い。夜ともなれば、光の届く範囲は数メートル先までが限界だった。

  懐中電灯を振っても、人影はもう見えない。ざわめく木々の音だけが、不自然に耳に残る。

 「……逃げられた」

  息を整えながら慎太郎が言った。

  翔也は舌打ちしかけて、すぐにやめる。

 「見えたのは背中だけか?」

 「うん。身長は……俺くらい?でも走り方が軽かった」

  結香の言葉に、莉菜が首を傾げる。

 「じゃあ、男子とも女子とも断定できないってことね」

  足跡は林の奥で途切れ、これ以上の追跡は危険だと判断された。学校に戻ると、巡回当番の先生が来て事情を聞き、しばらく警戒を続けることになった。

  解散の直前、翔也がぽつりと言った。

 「……あいつ、袋の中に何入れてたんだろ」

  その問いは誰も答えられず、夜風だけが校庭を抜けていった。

  翌朝、校内は文化祭準備で慌ただしかった。裏門侵入の件は職員室で共有され、夜間の巡回が強化されることになったが、生徒たちには詳しい情報は伏せられた。

  結香は昨日の緊張を引きずりながらも、教室で莉菜に呼び止められる。

 「結香、これ見て。掲示板、また位置ずらすって」

 「え?昨日貼り直したばっかりじゃ……」

  そう言って二人は廊下を抜け、昇降口近くの掲示板へ向かった。そこには既に慎太郎と翔也、それに藍が集まっていて、新しいポスターを手にしている。

 「今日の午後に張り替えだってさ。理由は“見やすさの改善”」と翔也が肩をすくめる。

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