手鏡は知っている――青葉小6年3組の事件簿
mynameis愛
第1話_保健室当番の練習
月曜の昼休み、廊下の端にある保健室の前で、煌大は手に持った小さなメモ用紙を何度もひっくり返していた。丸文字で書かれた「備品リスト」には、体温計、絆創膏、包帯、氷まくら――と、思いのほか多くの項目が並んでいる。
「なあ彩加、これ、覚えなきゃダメなんだよな? 写真撮っていい?」
のんきな声に、隣で肩からポシェットを提げた彩加が少しだけ眉を寄せた。
「ダメ。自分で覚えないと、当番の意味がないでしょ」
「いや、俺、暗記は得意じゃないからさ」
そう言いながらも、煌大は保健室の引き戸を片手で開けた。中は静かで、いつもより少し涼しい。今日は養護の先生が出張で不在のため、二人で備品の場所を確認しておくことになっていた。
まずは右手の棚。彩加がメモを見ながら、一つずつ指さして確認する。
「ここが体温計。使用後はアルコールで拭くこと。隣の引き出しに絆創膏……」
「お、いっぱいあるな。俺、小さいときはこのキャラクター柄のやつばっか貼ってもらってた」
軽口を叩く煌大の声は、静かな部屋に妙に響く。彩加は呆れたように息を吐いたが、その表情は少し緩んでいた。緊張を解きたい彼なりのやり方なのだと分かっているからだ。
奥の方へ進むと、白いカーテンで仕切られたベッドが三台。壁際には、鏡台がぽつんと置かれている。銀色の縁取りが少し古びて、鏡面にはうっすらと水拭きの跡が残っていた。
「これ、なんで保健室に鏡台があるんだろ?」
「けがのとき、顔とか髪とか、自分で確認できるようにじゃない?」
彩加が何気なく答えると、煌大は鏡に近づき、ふざけたようにウインクしてみせた。
「ふふん、やっぱ俺、将来はモデル――」
「はいはい、次行くよ」
彩加に背中を押され、鏡台の前を離れる。だが、煌大の頭の中には、この鏡台の位置が妙に印象として残った。窓際でもなく、ベッドの脇でもなく、部屋の中央に近い壁際。ちょっと不思議な配置だ。
巡回は続く。氷まくらは冷凍庫、包帯やガーゼはワゴン、消毒液は棚の最上段。背の低い彩加が背伸びして取ろうとすると、煌大がさっと手を伸ばして代わりに取ってやる。
「はい、お嬢様」
「ありがと……って、そういう言い方やめて」
彩加の耳がほんのり赤くなるのを、煌大は見逃さなかった。からかうのは簡単だが、今日はやめておこうと思った。こうして二人で作業するのは、案外悪くない。
ひと通り備品の場所を確認し終えると、彩加は再びメモを手に取り、声を落として言った。
「これで大体覚えたけど……念のため、巡回はもう一回しよう」
「え、二周目?」
「だって、当番初日で忘れ物したら恥ずかしいし」
そう言って彩加は保健室の引き戸を軽く閉め、再び歩き出した。
煌大は後をついて行きながら、さっき見た鏡台の前をもう一度通った。鏡に映る二人の姿は、並んでいるのに微妙に距離があるように見える。――なんだろう、この感覚。
二周目の巡回を終えた頃、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「じゃ、教室戻るか」
「うん。今日の放課後も、このメモ見ながら復習しておこう」
彩加はそう言って、ポシェットにメモをしまい込む。
煌大は小さくうなずきながら、ちらりと保健室の中を振り返った。鏡台は静かにそこにあり、昼下がりの光を淡く反射していた。
この時はまだ、それが数日後の“ちょっとした騒ぎ”の舞台になるとは、誰も思っていなかった。
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