付き合いたいけど、まだ言えない!

吉奈ちさき

第1話 一目惚れ!

 4月。すっかり春らしい陽気になったこの日、新しい赴任先である堤ヶ丘つつみがおか女子高校の門を潜る。

 久慈くじ陽菜乃ひなのは校舎への入り口で深呼吸した。これからこの学校で新しい生活が始まる。このあと何が起こるかも知らずに。


日比谷ひびや美穂みほです。1年3組の担任になりました。これからよろしくお願いしますね」

 目の前には長い黒髪をひとつに束ねた美人のお姉さんが。柔らかな声が胸の奥に響く。

—あ、危ない。

 陽菜乃は瞬時に悟った。こういう人が自分の弱いところを容赦なく突いてくる。でもこれは仕事。

「副担任さんは、何かと一緒に仕事をすることも多いから、頼りにしてるわね」

 陽菜乃は慌てて視線を逸らす。目を合わせたら、意識しちゃうじゃん。


 職員会議が終わると、美穂は自然な流れで校舎内を案内した。

「音楽室は3階よ」

 階段を上がる途中、美穂の後ろ姿が視界に入る。細身のシルエット、揺れる長い髪、足取り。

「見て。あの桜並木綺麗でしょ」

 階段を上り終えると、廊下の窓から満開の桜が見えた。

「綺麗…」

 思わず声に出すと、美穂は隣で微笑んだ。

「毎年この景色を見ると、一年の始まりだなって思うの」

 その横顔は、桜よりも美しかった。

陽菜乃は花びらよりも速く、自分の想いが散ってしまいそうな感覚に襲われた。


 その日一日、仕事の内容よりも、美穂の声や仕草ばかりを覚えていた。

 副担任として、これから毎日一緒に仕事ができる。その事実が陽菜乃の胸をひそかに高鳴らせていた。

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