第一章 第六話 『オリエンテーション』


「お、おおお、俺の名前は、い、伊藤瑛人です」


 あ、あああ足が震える……


「ああ。アルメハーデン閣下から話は聞いているよ。よろしく、エイト君」


 そう言いながら、ディルクは俺に向けて手を差し出した。

 

 ……だ、大丈夫だよな?

 手、握り潰されたりしないよな?

 

「よ、よろしくお願いします」


 恐る恐る握手を交わす。


「……まず、君が感じている恐怖の原因について話した方が良さそうだね」


 ディルクは苦笑いした。


「この世界には、『武気』というものがある。ああ、剣などの戦いの際に使われる、『武器』では無いよ。鍛え上げられた戦士達が自然と纏う、雰囲気の様なものさ」


 武気、か……

 ドラ〇ンボールの気みたいなものか……?


「普通の戦士達はこれを意識せずとも制御し、体の中に押し込め、肉体の硬度上昇、及び身体能力を向上させることが出来るんだが……僕はその制御が完璧には出来なくてね。武気の一部が常に漏れ出てしまっているんだ」


 ……なるほど。

 

 フレアさんもディルクは強いって言ってたもんな。

 そんな人が武気とやらを放出してるから、こんなこの世の終わりの様な気配になってるのか。


「慣れてくれ、というのも中々難しいとは思うけれど……君達に危害を加えるつもりは無いから、安心して欲しい」


「……分かりました」


 原因がはっきりしてしまえば、そこまで……

 怖いけど、まあ、うん。


「では、講座の説明を始めさせて貰うよ。……講座を通し、君に学んで貰うことは主に四つだ。まず、言語。そして、種族、武道、魔法だ」


 なるほど。

 要は、国語、社会、体育……科学の代わりに魔法ってことか。


 魔法、めっちゃ楽しみだな……


「今日は言語を少し教えて、その後は魔法についての基礎知識を学んで貰う。今日だけは一対一で講座を行うけれど、明日からは皆と一緒に講座を受けて貰うから、そのつもりで頼む」


「はい」


 明日から皆と一緒って、早いな。

 一ヶ月分の遅れ、取り戻せるように頑張らなきゃな。


「講座はいつも一時終了で、午後は自由時間だ。王都の散策をするも良し、自習をするも良し、トレーニングを積むも良し。この世界に馴染むための時間として使ってくれ」


 おお!

 講座って午前だけなのか!

 

 毎日特別日課なのは有難いな。

 午後に一生懸命勉強すれば、何とか皆に追いつけそうだ。


 しかも、今日いきなり魔法について学べるのか。

 楽しみだな!


「……さて、何か質問はあるかな?」


「大丈夫です」


「そうか。なら、早速教室へ移動しよう。……君達三人は、悪いけれど今日の授業を休みにさせてもらう。いいかな?」


「ラッキー! いてっ……」


 圭介が喜んで、浩一にしばかれた。


 俺は苦笑しながら、歩き始めたディルクの背を追いかけた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「……ここが、君が学ぶことになる教室だ」


 その言葉と共に開け放たれた扉の奥は、かなり広い部屋だった。

 部屋の奥の方に、ぽつんと一枚の小さめの黒板と、四脚の椅子だけがあって、寂寥感が凄い。


「広いですね」


「元々、この部屋は王国の重鎮達が会議をする所だったんだよ。アルメハーデン様が王になられてからは使われなくなったから、君達の教室として利用させて貰っているんだ」


「へぇ〜」


「講座を始めるから、黒板が見やすい最前列の席に座ってくれ」


「はい」


 指示通り、俺は最前列の席に着いた。

 

 凄まじい武気のせいで、後ろからディルクが近づいて来てるのが分かって、少し面白い。

 

「先ずは、講座で必要なものを配布させてもらうよ」


 黒板の前に来たディルクはそう言うと、懐から拳大程の小さな袋を一つ取りだし、更にその中からそこそこの厚みがある本を数冊取り出し、机の上に置いた。

 

 ……え?

 明らかに拳大の袋に入るサイズじゃないよな……?


 俺が硬直している間にも、木箱や巻物のようなもの、小さな杖や筆記用具等の道具が、どんどん机の上に置かれていき――


 三分もしないうちに、机の上は物で一杯になってしまった。


「驚いた様だね。この袋は、魔法袋マジックバッグと呼ばれる魔道具で、この様に、とても多量の物を収納することが出来る袋だ。これも、君への支援品の一つだ」


 そう言うと、ディルクは魔法袋を机の上に置いた。


 ……どえらいモンを貰ってしまった。

 凄く便利そうだな、これ。


「他の道具については、そこにある小冊子を読んでくれれば分かるはずだ。今日使うのは……」


 ディルクはそう言いながら、一冊の本を手に取った。

 

 その本の表紙には、漢字で語学書と書いてあった。


 ……一瞬びっくりしたけど、そりゃそうか。

 日本語で書かれてなきゃ、教科書読めないもんな。


「この言語の教科書だけだから、あとの物は記名をしてから袋の中に戻してくれ」


「はい」


 俺は言われた通りに全ての持ち物に記名を行ってから、それを魔法袋へと仕舞おうとした。

 

 すると――


「おおっ」

 

 手に持っていた物が、ひゅんっという感じで中に吸い込まれた。


 凄い吸引力だ。


 ……この袋、長い棒の先端とかに結わえたら、いい掃除機になりそうだな。

 やらないけど。


 そんなことを考えながら、俺は片付けを終えた。


「では、言語講座を始めさせて貰うよ。まずは、教科書の二ページ目を開いてくれ」


 言われた通りに教科書を開くと、そこには象形文字のようなものが並べられている表があった。

 

 表の下の方に、日本語で『丸文字表』と書かれているのを見るに……あいうえお表みたいなものなんだろう。


「この世界には、主に三種類の言語がある。『人語』『天語』『海語』だ。……とはいえ、君達の世界とは違い、この世界の言語は、ほとんど人語に統一されている。天語や海語を喋るのは、極僅かな種族だけだ」


 それは凄いな。

 

 言語の統一なんて尋常じゃなく大変だと思うけど、どういった過程を経てそうなったんだろうか。

 現代日本ですら、言語統一なんて出来てないし。

 

 まあ、そもそもしようとしてる様子もなかったけど……


「よって、君に講座を通して学んでもらうのは人語だけだ」


 ……ああ。

 そうか。

 人語がどこでも通じるから、学ぶのは人語だけでいいのか。

 

 ありがてぇ……

 

「……さて、急だが、この表を見てなにか気がつく事はあるかな?」


 表を見て、気がつくこと?


「…………」


 地球にある何かの言語の文字に似てるとか……?

 いや、こんな言語ないと思うんだけど……


 うーん……

 

 あ。


「五十音、だ……」


 五かける十、合計五十個。

 慣れ親しんできた、ひらがなの数と全く同じだ。

 

「正解だ。人語には、丸文字と角文字という二種類の文字が存在する。丸文字は、君達の世界で言うところの平仮名に当たる。何と、読み方も全く同じなんだ。初めから順に、あ、い、う、え、お……形だけ覚えてしまえば、ひらがなと同じように使えるはずだ」

 

 ……それは、凄いな。

 けど、一つ気になることがある。


「どうして、こんなにニホンのひらがなと似てるんですか?」


 偶然の一致だとすると、余りにも奇跡的すぎる。

 きっと深い理由があるんだろうな……


「いい質問だ。その理由は……」


 ゴクリ。


「二百年前、ニホンよりこの世界に降り立ったとされている、伝説の勇者が人語を制作したからだと言われている。……詳しくは、もう少し先の授業でやるよ」


 に、二百年前!?

 異世界召喚ってそんな昔からあったのか……

 

「さて、次に角文字についてだが……」


 ディルクが黒板にチョークを走らせる。


「……これは、この世界での太陽を意味する角文字だ。このように、丸文字の、タ、イ、ヨ、ウに当たる部分の組み合わせになっているのが分かるかい?」


 ……おお。

 ほんとだ。


「はい」


 歪められてはいるけど、表のタ、イ、ヨ、ウの四文字が組み合わさってできてる。


 日本だと……漢字の外とかに近いイメージだな。

 カタカナのタ、と、トが組み合わさってるみたいな感じだ。


 面白い。


「角文字は殆どがこのように、丸文字の組み合わせなんだ。だから、丸文字を覚えれば、凄く覚えやすくなる」


 伝説の勇者は頭がいいな。

 いい仕組みだ。

 

「……さて、残り時間も少なくなってきた事だし、魔法学に移ろうか」


 おおっ!


「と、その前に……君に残念なことを伝えなくてはいけない」


「残念なこと……ですか?」


「ああ。実は、この世界では――魔法は、杖がなくては使えないんだ」


 ディルクはそう言い、眉を寄せた。

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