第一章 第五話 『下を向く間に』

 治癒術師達に治療をして貰った俺は、遥香の案内で召喚者の寮のような所にやって来た。

 

 入口でフレアが待っているのが見えたので、小走りで近づいていく。


「……エイト君、来たか」


「フレアさん、部屋の準備、ありがとうございます」


「ああ。……どうだ? 傷の方は」


「もう良くなりました。……凄いですね、魔法って……」


 そう言いながら、俺は服の袖を捲り、もう包帯が巻かれていない腕を見せた。

 傷跡は増えたが、もう全く痛くない腕を。


「あんなものがあるなら、怪我なんて怖くないですね」


「そうでもないぞ。……治癒魔法は凄まじい効力を誇る代わりに、希少なものなのだ」


「そうなんですか?」


「ああ。発動するには、最低三名の卓越した魔法使いが必要だからね」


 あ〜。

 確かに、俺の傷に手を当ててたの三人だったな……

 てっきり、治癒の効力を上げるためかと思ってた……


「……あ、そういえば、圭介はまだ居ますか?」


 部屋を準備してくれたお礼を言わなきゃ。


「いや、彼はもう自室に戻った。……もうかなり遅い時間だから、寝ていると思うぞ。礼なら、明日にした方がいい」


「あ、はい。ありがとうございます」


 そういえば、もう真夜中なんだよな……

 

「ふあぁ……」


 時刻を認識したからか、自然と口から欠伸が漏れた。


「……君ももう寝た方がいい。明日の朝、講師を務めて下さるディルク様から、講座の内容についてご説明があるだろうからな」


「……ディルク様?」


 誰だ、それ。


「ディルク様は、私が所属している騎士団の副団長様だ。整った目鼻立ちに、一流の剣の腕前。家柄も由緒正しく、それでいて誰にでも平等に接する、正に騎士の中の騎士と言うべきお方だ」


「へぇ〜」


 いい人のフレアがここまで褒めるなら、余程出来た人なんだろうな……

 

 っていうか、フレアって騎士だったんだ。

 確かに格好とか騎士っぽいな。


「……もう一人の副団長様と違って、な」


 ポツリ、とフレアはそう言って、眉をひそめた。


「もう一人の副団長は、ダメな人なんですか?」


「うーむ。……駄目、という訳では無い。あのお方も、誰にでも分け隔てなく接し、実力も折り紙つきだ。立ててきた功績も素晴らしい。ただ……」


「ただ?」


「『騎士』とはかけ離れた人物だ」


 ……ん?

 どういうこと?


「誰にでも砕けた口調で接し、戦闘では卑怯な手も躊躇いなく使う。それに、功績にも血生臭い物が多く、よく執務をディルク様に押し付けるらしい」


 おう……

 

 確かにそれは騎士として……というか、人としてどうなんだって感じだな……


「……ああ、すまない。寝ろと言った本人が無駄話をしてしまったな。ほら、早く部屋に入るといい」


「はい。色々、ありがとうございました」


 そう俺が言うと、フレアは踵を返した。

 ……あっ、そういえば。


「あの! フレアさん、これ!」


「ん?」


 俺はハンカチを取りだし、フレアに差し出した。

 ちゃんと返しておかなきゃ……


「ああ、ありがとう。……洗ってくれたのか?」


 そりゃあね……


「汚しちゃったので……」


「親切だな、ありがとう」


 そう言い残し、今度こそフレアは去っていった。


「……遥香、俺、もう寝るよ。今日は本当にありがとう。また明日な」


 俺は後ろを振り向き、遥香に挨拶をした。


「……遥香?」


 遥香は、何故か下を向いて黙り込んでいた。

 

「おい、どうした?」


「……ああ、ごめんごめん。眠くってさ〜」


 遥香はぱっと顔を上げ、そう言いながら欠伸をした。


「……えーと、怪我治った話だっけ?」


 それは会話の序盤も序盤だよ……


「……ごめん、悪かったよ。こんな遅くまで付き合わせて」


 よっぽど眠かったんだな……


「ううん、いいんだよ〜、気にしないで」


 そう言いながら、遥香は眠そうな顔でニヘラッと笑った。

 

「……ありがとう」


 遥香が眠そうだし、早く自室に行こう。


 そう思いながら歩いていた俺は、気が付かなかった。

 ――自分が、取り返しのつかない失態を犯した事に。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ふうっ」


 俺は部屋のベッドに仰向けに倒れ込み、深く息を吐いた。

 今日は本当に疲れたな……

 

 凄く、色々なことがあった一日だった。

 異世界に呼ばれて、遥香と再会して、王様と話して、ギフトが無いって発覚して……

 それで、皆に庇ってもらえて。

 

 ……本当に、嬉しかったな。

 一人も、俺のことを見捨てようとしなかった。

 一国の王に文句をつけるだなんて、怖くない筈が無いのに。


 何か、出来ることは無いだろうか。

 皆の為に。


 アルメハーデンは言っていた。

 皆への支援を分ける形で、俺に支援をするって。


 つまり、俺はここで講座を受けている間、ずっと皆に迷惑をかけてしまうってことだ。


 だったら……


 ――だったら、少しでも早く、見返してやろう。

 出来る限りを尽くして、アルメハーデンが俺へ支援をしたくなるぐらい、役に立ってやる。


「…………」


 ……と、意気込んだはいいけど。

 何の力も無い俺に、今から何が出来るやら……

 

 うーん……

 

 ……そうだ。

 アレなら、役に立てるかもしれない。


 今日はもう寝て、明日から毎晩書き貯めることにしよう。


 そんなことを思いながら、俺は眠りについた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 夢。

 

 夢を、見ていた。

 もう、何度も見た夢だ。

 あいつらが俺を傷つけて、友達だった奴らは俺とあいつらの周りを背を向けて囲ってる。

 

 泣いて喚いて必死で逃げて、友達だった奴らに助けを求めても、誰も俺に答えてはくれない。

 

 何も言わない背中に阻まれ、あいつらに追いつかれて傷だらけになって、涙を流して、絶望する。


 そんな、地獄のような夢。


 ……でも、今日は少し違った。

 痛いけど涙は出なかった。

 

 ――だって、俺はもう、逃げ切ったんだから。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 翌日。


「エイト君、起きて! 講座について説明だって!」

 

 部屋の外からノックと共に響いてくる遥香の呼び掛けに、俺は目を覚ました。

 

 ……ありがとう、遥香。

 

 重い瞼を擦りながら、ベッドから体を起こす。


「……急いで向かうよー」


 俺は部屋に置いてあったパンを齧りながら、身支度を整え始める。


「……ふあ〜ぁ」


 部屋に置いてあった新品の服に着替え、鏡の前に立つと、そこには立派な異世界人が映っていた。

 

 俺が身につけている服は、遥香達の着ていたものに似ている中世っぽい仕立て方がされており、色は黒色が基調になっている。

 所々に赤色のラインが入っていて、結構かっこいい。


「……エイト君、急いでー!」


 ……っと。

 鏡見てる場合じゃなかったな。


「ごめん、待たせて」


 急いでドアを開けると、そこには若干不機嫌そうな遥香がいた。


「もー、遅いよ。ディルク先生に怒られちゃうよ」


「悪い」


「先生、もう寮の入り口にいるから急いで」


「まじか」

 

 そりゃあ急がなきゃまずいな……

 俺は直ぐに走りだした。


「……あ、そういえば。ディルク先生、怖い人じゃないから心配しなくていいよ」


 俺の後ろから着いてきている遥香の忠告に、俺は頬を緩めた。

 世話焼きなとこ、変わってないな。


「ああ。昨日、フレアさんもそう言ってたし、心配してないよ」


 遥香は半分寝てたから知らないだろうけど……

 

「……うーん。なんて言えばいいか分からないんだけど、そういうことじゃないんだよね……」


「ん?」

 

 そういうことじゃないって、何だよ?

 

「……まあいいや。もう着いちゃうし。急いで!」


「お、おう」


 俺は遥香の呼び掛けに従い、速度を早めた。

 階段を掛けおり、寮の扉を勢いよく開ける。


「……来たか」


 直後、全身に震えが走った。

 ……な、なんだ、これ。


「ああ、落ち着いてくれ。大丈夫だ」


 そこに居たのは、圭介と、見慣れない一人の男だった。

 精悍な顔つきに、整った服装。

 黒髪で、綺麗な青い瞳。

 腰にさしているのは、美しい鞘の長剣。


 そして――男は、凄まじいまでの鬼気を纏っていた。


「……っ!」


 独りでに、歯がガチガチと鳴り始める。

 

 怖い。

 目の前にいる男が、ただただ、怖い。


 直感した。

 

 空から落ちていた時と同じだ。

 俺は、目の前にこの男が居ることに、命の危機を感じている。


 独りでに腰が抜け、へた、と座り込んでしまった。


 や、やばい。

 殺される。


「やはり、駄目か……」

「……瑛人君、大丈夫だよ、深呼吸して」


「……っ」


 俺はその声を聞いて、後ろに遥香が居たことを思い出した。


「……遥香、逃げろ」


 震える足でゆっくりと立ち上がり、俺は遥香を庇うように拳を構えようとし――


「おい」

「あだっ!」

 

 聞き覚えのある、咎めるかのような声と同時に訪れた頭の痛みに悶絶した。

 

「理由は分かるが、先生に対して失礼だろう」


 この声……浩一か。

 

 何すんだよ、今はそれどころじゃ……

 

 ……って、ん?

 先生?


「この人が、ディルク・フルムーン……僕達の講座の先生だぞ」


 えっ……?


「すまない、自己紹介をもっと早くすべきだったね」


 そう言いながら、変わらず凄まじい鬼気を纏っているディルクは、頭を下げた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 次回と次次回、少し説明くさいですがお許しを。

 この世界の基本情報をお届けします。


 学校っぽい雰囲気なので、人によっては懐かしさを覚えるかも……?

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