第一章 第三話 『与えられざる者』


「儂がルクア王国の国王、アルメハーデンである」


 そう声をかけられた俺は、フレアに教わった通り、立て膝のまま上目遣いに玉座の方を見上げた。

 

 豪奢な服に身を包み、頬杖をつきながら玉座に座っている人物が、そこに居た。

 

 彫りの深い西洋っぽい顔立ちに、白髪混じりの金髪。

 瞳の色は青くて、そんなに顔の皺は深くない。

 まだ初老……六十歳前後といっていいだろう。

 

 ……目つきがかなり鋭くて、怖い。


「……そう緊張しなくともよい。儂は、既にフレアよりお主が不審人物でないことは聞き及んでおる」


 俺が緊張しているのを見てか、アルメハーデンはそう言って目つきを和らげ、フッフッとくぐもった声で笑った。

 

 俺は少しホッとして、肩の力を抜いた。

 

 ……この様子なら、追放とか拷問とかの心配はしなくて大丈夫そうだ。

 

「召喚者イトウ・エイトよ、まずは、我らが王国への来訪を歓迎する。よく来たな」


「あ、ありがとうございます」


 急いで頭を下げる。


「早速本題に入らせてもらうが……お主にある提案があるのだ。らのべやあにめ、とやらである程度知識を得ていることもあるようだが、お主ら召喚者は基本的に、この世界に関する知識がない。魔物や魔法、この世界に生きる種族、言語、一般常識……このままでは、この世界で生きていくことは困難だろう」


 ……そりゃあそうだ。

 本当にここがラノベやアニメでよくある異世界のような場所なら、知識ゼロで生きていける筈がない。

 

 ……っていうか、この世界でラノベとかアニメって認知されてるんだな。

 なんかメタいな。

 

「そこでだ。我らが王国へ助力するという条件の元、ここ、王城でそれらを学ぶことのできる講座を受ける気はないか? ……助力、と言っても、何も無茶なことを頼むつもりはない。授かったギフトに応じ、開発品の提供や、有事の際の国家防衛などの協力を求める、というだけの話だ」


 ……ギフト?


「あ、あの……ギフトって何のことですか?」


「他の召喚者から聞いていなかったのか。……この世界に来た召喚者は例外なく、一つの特別な力を、ギフトとして与えられているのだ」

 

 えっ、それって……

 チート能力ってことか!?


「それって、すごい力なんですか?」


「うむ。天与てんよという、生まれつく前、神によって授けられると言われている、後天的に得ることが出来ぬ特別な力の中から一つだ。様々な種類があり、いずれも強力な力だ」

 

 おおっ!


「その力を用い、王国へ貢献してくれということだ。その条件を飲むのならば、講座に加え、金銭面の支援や、衣食住も保証しよう」


 …………。

 

 俺はアルメハーデンのその言葉を聞いて、少し不審に思った。

 

 いくらなんでも話がうますぎる気がする。

 聞く限りじゃ、助力以外の条件はない様だし……

 たったそれだけで、そんな高待遇をしてくれるだなんて……


「……ふむ。不審がらせてしまっているようだが……」


 やべえ、顔に出てたのか!


「ああ、そう怯えんでもよい。無理もない話だ。……このような条件でも利益が生まれるほど、天与という力は凄まじいものなのだよ」


「……そうなんですか」


「うむ。この国がこうして今も他国に侵略されず存続できているのも、歴代の召喚者の力あってこそだ。……ある者は農業に奇跡を、あるものは技術に革新を、あるものは国家の防衛を……」


 そう言いながら、何かを思い出すかのようにアルメハーデンは目を細めた。


「……それ故、この条件でも何らおかしくはないのだ」


 ……なるほど。


「さて、改めて問おう、イトウ・エイトよ。講座を受けるか、受けないか。受けない場合でも、最低限の支援金は渡させてもらう。王国に組せんからといって、邪険に扱うつもりはない。あくまでも、己の意志で決めてもらいたい」


 ……そりゃあ、一択だ。


「受けます」


 見も知らぬ世界で、情報が一切ない状態じゃあ、いくらチートがあるといっても生きていけるとは思えない。


 ……それに、皆も講座受けてるらしいしな。


「そうか」


 アルメハーデンは顔をほころばせた。


「では早速、力の鑑定を済ませよう。力に応じ、講座の内容を少し変えねばならんのでな」


「おおっ!」


 やった!

 

「フレア、鑑定機を」


「はい、陛下。既にご用意は済んでおります。ここに」

 

 フレアが指し示す方を見ると、そこには、一辺が一メートルほどの立方体で、頂点に半球形の赤い結晶が埋め込まれている、不思議な装置のようなものがあった。

 

 これが鑑定機か……

 まるでサイコロみたいだ。


「うむ。エイト、その道具の上部、球体になっているところに手をかざせ。さすれば、力が鑑定されるはずだ」


「は、はい!」


 俺はゆっくりと鑑定機に近づき、手をかざした。

 うう、緊張する……


「……!」


 数秒後、埋め込まれていた結晶が眩く光り輝き始めるのと同時に、身体の中を遠慮なくかき回されてるような不快感を覚え、俺はふらついた。

 

 う、うえっ。

 きっもちわる。

 

 何だこの感覚……

 ふらついて手が結晶から離れないようにしないと……


「……何と」


 そのまま耐えること十数秒。

 

 光が収まり、不快感が消え去った直後、アルメハーデンの呆然としているような声が聞こえた。

 

 もしかして、すごい力だったのか!?

 俺は結晶から手を話し、アルメハーデンの方を振り向く。


 ……しかし、俺の予想と違って、アルメハーデンは険しい顔をしていた。

 その目線は、鑑定機へとまっすぐに注がれている。

 

 あ、あれ……?

 

「……エイト、もう一度手をかざせ」


 えっ、なんで……?


「えっと……」


「かざすのだ」


「は、はい……」


 俺は困惑しながらも、言われた通り再び鑑定機に手をかざす。


 再び身体が不快感で満たされ、俺はよろけた。

 

 な、なんで二回やらなきゃダメなんだ……

 ううっ……


「…………まさか」


 不快感が消え去り、二度目の鑑定が終わった直後、今度はフレアの声が聞こえた。

 

 ありえない事態に直面し、呆然としているかのような声だった。


 一体全体何なんだよ……


「……エイト」


 さっきまでの会話からは想像も出来ない、重々しいアルメハーデンの声。

 嫌な予感に鼓動が早まるのを感じる。


「お主に……ギフトは……無い」


 …………は?


 え、なんで、そんな、え……?

 ハズレ能力すら、ないのか?

 なんで?


「……どうして」


「……分からぬ。この様な事は……前例が無い」


 そう言い、アルメハーデンは眉を寄せた。


「……フレア、故障の可能性を確かめたい。他の召喚者一名に道具を使わせろ」


「承知致しました。――遥香さん!こっちへ来てくれ!」


「は、はい!」


 呆然とする俺の横に、小走りで遥香が並んだ。


 遥香が結晶に手を置くと、結晶は光り輝き――


『ギフト:覇豪者はごうしゃ


 鑑定機の内側から、そんな声が響いてきて。

 俺は、唯一の希望が途絶えたことを確信した。


 間違いない。

 俺は――無能力者だ。


「…………」


 広間に、静寂が満ちる。


 ……俺は、いつだって、見捨てられてばかりだ。

 異世界の神にすら、見捨てられた。

 

 情けない。

 みっともない。


「……っ!」


 フラ、と、へたりこもうとしていた俺の体が、何かに支えられた。


 同時に、背中に手の感触を覚える。


「大丈夫、大丈夫だよ、エイト君」


 遥香の、声だ。


 大丈夫って、何がだ。

 何一つ、大丈夫な事なんて無い。


「……大、丈夫」


 俺は、気がついた。

 遥香の声が震えていることに。


「…………」


 俺は背筋が冷えるのを感じた。


 ――ダメだ。

 それは、ダメだ。

 

 虚勢を張れ。

 遥香を悲しませちゃ、いけない。


「……大丈夫だよ、遥香」


「瑛人君、でも……」


「そんなにショックじゃないよ、ほら、鑑定機使う時、クラっとするだろ? あれで気持ち悪くなっただけだ。だから、大丈夫だ」


 俺は早口にそう言いながら、姿勢を正していく。


「……ホントに?」


「おう。……そろそろ照れてきたからやめてくれ、何か恥ずかしい」


「あっ、ごめん」


 ちょっと本音を交えてそう言うと、パッと遥香が手を離した。


 俺は一度深呼吸して、勇気を振り絞ってアルメハーデンの方へ向き直った。

 

「……アルメハーデン様。お、俺の処遇って、どうなるんですか」


 震える声で、辛うじて問いを投げかける。


 流石に、無能力で他の召喚者達と同じ待遇をしてもらえる、だなんて思ってはいない。


 ……また魔族の疑惑が出てきたってことで、最悪、殺されるかもしれないな。

 

 怖い。

 涙が出そうだ。


「……………………」


 眉間に皺を寄せたまま、アルメハーデンが口を開いた。

 

「…………力が無い以上、講座を受けさせる訳にはいかん。」


 ……ああ、良かった。


 肩の力が抜ける。

 最悪は、避けられたみたいだ。


「エイト。お主には、最低限の支援金を持って、ここ王城を、出て行ってもらう」


 ――追放だ。

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