第一章 第二話 『奇跡の再会』


 な、何で遥香がここに……


「知り合いなのか?」


「……は、はい……俺の、友達です」


 俺は女性の質問に呆然としながらそう答え、遥香の方へと駆け寄ろうとしたが、自分がボロボロだということを思い出してゆっくりと歩き始めた。


 遥香は小走りでこっちへ近づいてきている。

 その顔には満面の笑みが浮かんでいて、俺も自然と笑顔になった。


「やっぱり瑛人君だ! すごい久しぶりだね!」


「本当に久しぶりだな! 元気だったか?」


 遥香を見ていると、昔の思い出がどんどん脳内に溢れてきた。

 

 懐かしいなあ……

 中学の頃はよく一緒に遊んでいたっけ。

 

 高校入学の少し前、遥香が父親の仕事の事情で遠くに引っ越してしまって、当時スマホを持っていなかった俺は、彼女とそれっきり連絡もとれていなかったが。


 まさかここで遥香に会えるだなんて……


「色々あったけどね〜、元気だったよ!」


「そっか、それはよかった。……俺は、元気じゃないからさ、はは」


 そう言って、俺はほんの少しだけ袖を捲り、包帯が巻かれている腕を遥香に見せた。


「それ……何の怪我?」


 傷を見て、瞳にはっきりと同情を浮かべている遥香にそう聞かれ、俺は嘆息しながら、

 

「落ちたときの怪我だよ。遥香も落ちたろ? 異世界に来た時……」


「お、落ちた?」


 ……ん?


「召喚された時、落ちただろ? 空から」


「……落ちて無いけど?」


 ……あれ?

 どういうことだ?


「……召喚者は、王都の無作為な場所に、十数年に一度、ニホンという国の、ある時代から何故か召喚される存在だ」


 俺が首を傾げていると、いつの間にか俺の真後ろにいた女性が俺に説明をし始めた。


「無作為、と言っても、君のように空中に召喚された事例は今まで一度もない。つまり、君は例外だ」


「ええっ……」


 何それ……

 

 ……いや、まあ、いいよ?

 あんな怖い思いをする人なんて少ない方が良いに決まってんだから……


 でもさあ……

 俺だけって……


 何か腑に落ちない……

 

「……つまり、瑛人君、空中に召喚されたってこと?」


「そうだよ」

 

「……た、大変だったね」


「落ちた時、瀕死の重症負ってたらしいぜ、俺……今は治療して貰えたからマシになったみたいだけどさ」


 俺はそういいながら左手で肩を押さえつつ、右手をグルグルと回した。


 ……あれ?

 いつの間に手の縄解けてたんだ?

 

 俺は後ろを振り向いた。


「他の召喚者と知り合いだと言うのなら、身元ははっきりした様なものだからな」


 そう言いながら、片手にまとまった黒い縄を持つ女性は片目を瞑った。

 その顔には、もう敵意のての字もない。


 つまり……


「もう、疑いの余地は無いだろう。イトウ・エイト君。君を、遠い国、ニホンからの来訪者――召喚者として正式に認める」


「おおっ!」


 やった!


「……と、行きたいところなのだが」


 俺はガクッとなった。

 ……なんだよ。


「私の一存で判断は出来ないのだ。今から十数分程後に、念の為、王様に謁見して貰うことになる。……まあ、既に君が無罪だということは決まった様なものだ。他の召喚者達と親睦でも深めて、気楽に待つといい」


「あ、ありがとうございます!……えっと」


「フレアだ。……何の礼だ?」


「何となく……」


「そうか」


 そんな気抜けする様な会話を最後に、フレアは部屋を出ていった。

 俺はそれを見届け、今の会話を聞いてかニコニコしている遥香と共に、他の召喚者達の所へ向かった。


 召喚者二人は、少し訝しげな目で俺を見ている。

 ううっ、緊張する……

 

「……えっと、こんばんは。俺の名前は伊藤瑛人、日本人です。遥香とは中学来の友達で、高……三です。よろしく」


「友達!?」


 そう言い、男の一人――いかにも体育会系と言わんばかりの鍛えられた体に、小麦色の肌がよく似合う男が、オーバーなリアクションを取った。

 

 ……いや、別にオーバーじゃないか。

 異世界に偶然友達が来てただなんて奇跡にも程があるし、そりゃ驚くよな。


「……凄い偶然だな」


 そう言いながら、もう一人の眼鏡をかけた中肉中背の男が疑わしげな目でこちらを見てきた。

 ……が、数秒後、その男は目を瞑り、


「……失礼。自己紹介がまだだったな。僕の名前は加藤浩一、神奈川県出身だ。年齢は17歳。それで、こいつが……」


 そう言いながら、浩一は指でもう一人の男を指し示した。


「俺は山田圭介、こいつと同い年だ。俺は静岡県出身だぜ。よろしくな」


 圭介はそう言いながらすっと手を差し出してくれたので、がっちりと握手を交わす。


「よろしく」


「……伊藤瑛人、君は、どこ出身なんだ?」


 浩一は俺にそう言い、値踏みでもするかのように目を細めた。


「……た、多分、埼玉県です」


「パッとしねーな!」


「おいっ」


「痛た!」


 ……とりあえず、圭介には後で埼玉の魅力について語ろうと思う。


「……多分って、自分がどこ生まれか知らないのか?」


「お、俺、赤ちゃんの頃、孤児院の前に捨てられてたんですよ。服と、名前が書いてある紙を手に握ってたこと以外に、手がかりは何もなくて……明確に、どこ生まれなのか分からないんです」


 「……そうか」


 言い切ってから、俺はかなり後悔した。

 こんな重い話、初対面でする内容じゃない……


 緊張してたせいで話題選びを間違えた……


「えっ、そうなのか? 実はさ、俺も施設育ちなんだよ~、一緒だな!」


「……え?」


 そう、気楽な感じで圭介が切り出したのを聞いて、俺は耳を疑った。


「いや〜、赤ん坊の頃の俺の泣き声がよほどうるさかったのか、親に育児放棄されちまってさ……生まれた時の俺にボリューム調節機能でもついてりゃよかったんだけどな、ははっ!」


「……ぷっ」


 少し吹き出してしまった。

 ボリューム調節機能って……

 

「……君の図太さは見上げたものだよ、全く」


 そう言いながら、浩一もクスッと笑った。


「……そういえば、皆はいつ頃この世界に来たんですか?」


 浩一と圭介、随分仲が良さそうだけど……

 

「明確には分からないが……確か……」


「え〜っとね……一ヶ月前じゃなかったかな?」


「俺もそんな気がすんな」


 あれ?

 皆一ヶ月?


「三人共、召喚タイミング同時だったんですか?」


「うん」

「おう」

「そうだ」


「ええ……」

 

 すごい疎外感を感じる。

 何で俺だけ尽く仲間外れなんだよ……

 落下の件といい……


 まあ、招いた奴からしてみれば、招いてやったんだから贅沢言うなって話かもしれないけどさ……


 はあ……


「……ここに来てから一ヶ月、どんなことしてたんですか?」


「この世界についての授業みたいなのを受けてたよ〜」


「授業?」


「うん。瑛人君、ファンタジー好きだから分かると思うけど、この世界にいる魔族とか、動物、植物の種類とか、エルフとかドワーフみたいな亜人種についてとか、魔法についてとか……色々かな!」


「マジか!」


 魔族、亜人種、魔法かぁ……!

 巨大なモフモフと仲良くなったり、エルフやドワーフに会ったり、魔法使ったりできるのかな……!

 特にエルフ、会ってみたいな……!

 

 うおお、わくわくしてきた!!!


「「「……」」」


 ……はっ。

 

 思わずガッツポーズをしながらはしゃいでいた俺に、皆が微笑ましいものを見る目を向けていた。


 顔が熱くなった。

 

 長い事孤児院の人達以外と喋ってなかったせいだ……

 外面を良くする能力がガタ落ちしてる……


「まあ、気持ちはわかるぜ。俺も嬉しかったしな」


 半笑いの圭介のフォローが心にくる。

  

「……エイト君、そろそろアルメハーデン閣下のお支度が整うそうだ。謁見の準備をしてくれ」


 俺が赤面していると、いつの間にか戻ってきていたフレアが俺にそう言った。


「わ、わかりました!」

 

 いいタイミングだ……

 ありがてえ……


 俺はフレアの方へと寄っていった。


「謁見はこの部屋で行われる。アルメハーデン閣下がご入室なされたら、右膝をつき、アルメハーデン閣下がお話しになるまでは顔を伏せていてくれ。それが、この国での作法なのでな」


 右膝をついて顔を伏せる、か。

 しっかり覚えておこう。

 

「わかりました」


「あとは、敬意を払った行動を心がけてくれ。閣下は礼儀に厳しくはないので、よほどのことでなければ気に障りはしないはずだがな」


「はい」


「……では、閣下をお呼びする。いいな?」


 スー、ハー。

 俺は一度深く息を吸って、吐いた。

 

 ……よし。

 

「……準備、いいです」


「分かった。……アルメハーデン閣下! ご入室下さい!」

  

――この時の俺は、思ってもいなかった。


 この謁見の中で、自分が最悪の「例外」だったということを、知ることになるだなんて。

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