5話目――穢れの始まり2
昭和三十年代後半。
澄は二児の母となり、夫を失った寡婦として屋敷を守っていた。
遺言状は床下の奥、石と土で塞がれた空洞の中に隠され、十年以上、誰の目にも触れなかった。
しかし、その年の秋。
村を通る国道の拡張工事で、屋敷の敷地の一部を取り壊すことが決まった。
役場の職員や大工たちが敷地を掘り返すうち、床下の土が崩れ、奥から黄ばんだ封筒が現れた。
大工の一人が封筒を拾い上げると、妙に湿っていて、生ぬるい。
「これ…手紙か? 遺言状みたいだな」
何の気なしに封を開けた瞬間、屋敷全体がミシリと軋んだ。
その場にいた全員が、なぜか同時に息苦しさを覚えたという。
封筒を取り戻した澄は、顔色を失い、
「これはうちのもんだ、他人が触るもんじゃない」
と吐き捨てるように言って、その日のうちに再び奥座敷へ持ち込んだ。
しかし――夜になっても、澄は部屋から出てこなかった。
翌朝、家族が覗くと、彼女は遺言状を握りしめたまま座り込んでいた。
目は見開き、口元にはうっすらと笑みを浮かべている。
呼びかけても返事はなく、胸はもう動いていなかった。
彼女の遺体のそばに置かれていた遺言状は、義母の筆跡ではなく、澄自身の字でこう書き直されていた。
「次にこれを開く者は、私の血を継ぐ者でなければならぬ」
こうして遺言状は再び封じられた――はずだった。
だが半世紀後、孫である「私」がその封を切る日が来る。
それは「祖母が死んだ」日だった。
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