4話目――穢れの始まり

昭和二十年代、戦後の混乱がまだ濃く残る頃。

村外れの大きな屋敷に、若い祖母、その頃は「澄(すみ)」と呼ばれていた――嫁いできた。


夫は病弱で床に伏しており、家の主は実質、義母だった。

その義母は異様に財に執着する女で、「死んでもこの家と財産は外には渡さん」と言い続けていた。


やがて夫が亡くなり、義母も病に倒れる。

死の間際、義母は枕元に墨と和紙を用意させた。

「これが…この家の守りだ」

震える手で書き始めたのは、財産分与ではなく、屋敷にまつわる“罪”の記録と、それを縛るための言葉だった。


書き終えると、義母は澄の手首を掴み、耳元で囁いた。

「これを読んだ者は、必ず家の声を聞く…そして、鎮める役目を継ぐんじゃ」


その瞬間、義母は息絶えた。

だが遺言状の墨は乾かず、赤黒く滲み続けた。

澄は恐怖で封を閉じることもできず、紙を抱いたまま夜を明かした。


夜明け前、畳の隙間から這い出した無数の白い指が、遺言状を掴み、紙の中へ引きずり込むように消えていった。

紙を取り上げると、そこには義母の筆跡だけでなく、見覚えのない古い文字が混ざっていた。

それはこの村の古い方言とも呪詛ともつかぬもので、「鎮めなければ、血は絶えぬ」とだけ読み取れた。


澄は誰にも見せず、その遺言状を屋敷の床下に隠した。

だが、それ以降――夜な夜な床下から義母の声が聞こえるようになった。

そして十年後、再びその封が開かれる日が来ることになる。

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