修羅場


「……天城さん」

「……」


 返事はなし。

 たがいに黙りこくって顔をうつむける。


「それ、つかってもいいかな」


 沈黙から逃げるように、天城が早口で言う。


「ああ、うん。どうぞ」


 場所をゆずった俺に、天城がぎこちない足取りで近づいてくる。どれにするか悩んだあと、彼女はりんごジュースのボタンを押した。


「……」


 き、気まずい……。

 昨日あれだけ二人きりで遊んだのが嘘のようだ。むかしの俺たちに戻った感覚。他人の距離感。


 いやむしろ、他人じゃなくなったからこそなのかもしれない。おたがいのことを知っているからこそ、微妙な空気の変化がよくわかる。

 

 このままじゃいけない。考えるより先に口が動いた。


「調子はどう? 歌、だいぶ歌ってたみたいだけど」

「いい感じだよ。本調子じゃないけど、声はよくでてる」

「そうなのか? すげーうまかったけど。点数も高かったし」

「ありがと。宮内くんも上手だったよ」

「ああ、うん。サンキューな」


 会話が続いたことに安心する。


「宮内くんももっと歌えばいいのに」

「俺はいいよ。さっきので充分」


 そう。本当に充分だった。なぜなら莉愛に懇願されて、無理やりデュエット曲を歌わされたから。しかも今はやりの恋愛ソング。なんでもカップルたちには定番なんだとか。

 

 歌っている最中は生きた心地がしなかった。今日だけで一気に敵が増えた気がする。


「……るい」

「ん?」


 ぼそっと天城がなにかをつぶやく。

 店内のBGMにまじってよく聞こえなかったが、ずるいと言っただろうか。なにがずるいのだろう。謎だ。


「天城さん」

「なにかな」

「怒ってる?」

「どうして?」

「なんか機嫌わるそうだから」

「そう見えるならそうなんじゃない」


 ぜったい怒ってるじゃんこれ……。 


「宮内くんが楽しそうでよかったよ」


 今度はにこっと微笑んできた。目が笑っていない。こわい。


 今日は天城との関係を、みんなの前では見せないようにしていた。もしかして、それが癇に障ったのだろうか。

 

 でもそれは天城も納得してるはず。むしろ機嫌がわるいのは俺のほうだと思っていた。今井先輩と仲良くしている天城を見て、苛立ちを募らせていたから。

 

 彼女の心境が読めない。ひとつだけ心当たりがあるにはあるが、それを口に出すのは気が引けた。思いあがっていると思われたくない。


「宮内くんはさ──」

「秋人センパーイっ」


 と、そこで誰かが俺を呼ぶ声がきこえた。

 ある意味この状況で一番耳にしたくなかった声だ。おそるおそる振り向くと、ぱたぱたとこちらに駆けてくる莉愛の姿が。


「もぉー、センパイおそーい。センパイが帰ってこないせいで席順かえられそうになったんですからねー」


 肩をぽこぽこと叩かれる。


「あれ、広乃センパイ?」


 くるんとした瞳が俺と天城のあいだを往復した。


「こんにちは、堀井さん」


 にこっと天城。相変わらず口角はあがっているが、目が笑っていない。


「あ、はい。こんにちは。ええっと」


 気まずそうな空気を感じ取ったのか、莉愛はこまった表情を浮かべた。


「莉愛、ちょっとお手洗いいってこよっかなー」


 気をつかってか、さりげなく立ち去ろうとする。が、その足がぴたと止まった。回れ右して俺のもとに戻ってくる。


「やっぱりまだここにいます」

「お、おい」


 となりに並ぶ莉愛。その距離の近さに、天城の瞳から、すうっとハイライトが消えた。

 

 背筋につめたいものを感じながら、俺は莉愛に小声で話しかける。


「なんのつもりだよ」

「うしろ、ことねたちがいます」

「は?」


 天城の後方に男女がふたり。

 曲がり角でこそこそしながら首だけをカメみたいに覗かせている。ことねと小塚の幼なじみコンビだった。


「おい、まさか」


 嫌な汗がどっと吹き出す。

 莉愛とことね、小塚は三角関係だ。小塚からの好意の矢印をそらすために、俺は莉愛と偽りの恋人契約を結ぶはめになった。その実演を今ここでしろと? 冗談じゃない。


「センパーイ。莉愛おなかすいちゃいましたぁ」


 俺の思いも虚しく、莉愛はやる気満々のようだ。あまえた声で、しっかりと腕を絡ませてきた。


「へええ、なかよしなんだね、ふたりとも。いつから?」


 ひきつった表情で天城が訊いてくる。


「二週間くらい前でしたっけ。莉愛が購買のクリームパン買えなくてしょんぼりしてたら、センパイが一個くれたんですよ。そこからずっとなかよしですっ♡」

「いや、ずっとではないだろ」

「宮内くんはだまってて」

「はい……」


 ぴしゃりと咎められる。すごい迫力だ。


「で、ふたりはどういう関係なのかな?」


 核心をついた質問に、背中がびくっと跳ね上がる。

 早々に修羅場がきてしまった。返答次第でこの先の天城との関係に大きくひびが入る。ただでさえ微妙な距離感なのに。

 

 ことねたちにバレないように、天城に今の俺たちの関係を伝えるか?

 

 よし、それでいこう。うまくいけば、天城にも協力してもらえるかもしれない。


「じつは俺たち──」

「恋人です♡」

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